イジワル社長は溺愛旦那様!?
その瞬間、まるでしびれるような感覚が全身を襲う。
嫌な感じではない。むしろ――その逆なのだが、そんなことをこの状況で感じてしまった自分が、まるで別の生き物のようになったような気がした。
(私、神尾さんのこと意識してる……?)
頬にキスされたせいかのか、それとも出会いが強烈だったからか、その両方か……。いや、違う。きっと突然現れた救世主のような彼に、浮ついているだけだ。
(大きな病院を経営している親族がいて、高そうな車に乗っていて、高層マンションの最上階にひとりで住んでいる……私とはなにもかも違う人。彼は迷惑を掛けられたはずなのに、なぜか私たち姉弟を助けてくれようとしている……。いい人すぎるから、なにか裏でもあるんじゃないかと思うけれど、なにも持っていない私や朝陽くんから、取れるものなんか、なにもないのに……いったいなにが目的なの……?)
フワフワした気持ちを打ち消そうと、夕妃は思わず手を引っ込めて立ち上がっていた。
その瞬間、かすかに神尾が目を丸くしたのが視界の端に映った。
(ああ、失敗しちゃった……)
手を振り払うなんて失礼だった。
神尾にそんな意味はなく、勝手に自分がドキドキして思わず逃げただけだ。
けれど今さらなかったことにはできない。
ひっこめた手はまだ熱を持っていた。
夕妃は神尾の指が撫でた手の甲を、もう一方の手で覆い胸に引き寄せる。
「――夕妃さん」
隣に座っていた神尾がすっと立ち上がってにっこりと微笑み、顔を覗き込んできた。
「このあたりは最近開発が進んでいるんですよ。案内しましょう」