【完】八月は、きみのかくしごと
「自分のことを許さないでくれ……そう言われたよ。憎しみを全部、自分に返してくださいって」
トキさんの声は聞き取るのがやっとだった。
責められるよりも許されることの方がずっと辛いのかもしれない。
背負い続けていくのなら、なおさら。
『そうだ。だが、罪を見つけたと同時に、大事なことに気づけた人間もいたぞ』
鬼丸の言葉を思い返す。
ーーー罪と向き合うこと。
きっとそれは、自分で気づかなくちゃいけないんだ。
「まぁ、もう何十年も前のことさ。みんな忘れてちまってるだろう」
「でも、トキさん……忘れてないひとは、いますよ」
くぼんだ目がわたしを見た。
わたしも大嫌いだったトキさんの目をしっかりと見た。
そのとき、風が強く吹いた。
藍色に染まったのれんがパタパタと音をたてて揺れる。
「そうじゃね。それを忘れちゃいけないねぇ……」
のれんの方に視線を送るトキさんは優しく微笑んでそう言った。
「あら。あんた達、来てたの?」
そこにはタッパーを持ったトモちゃんが立っていた。
きっと、その中身はカレーだ。
影森で、いや、世界で一番美味しいトモちゃんのカレー。
「残念だけど今日はあんたの分ないわよ」
「うん。知ってる」
自然と頬が緩んだ。
悲しい思い出は優しい思い出に変わることもあるのかもしれない。
わたしも、そう思えるのかな。