【完】八月は、きみのかくしごと
どうして今になって母さんの話をするんだろうと思った。
違う。きっとずっと話そうとしていたんだ。
それを逃げ続けてきたのはわたし自身だ。
責めるでもなく怒るでもなく、お父さんはわたしを待っていたんだろう。
母さんが死んでからの間ずっと。
霞む視界の隅で散らばった写真が映る。
向き合わなかった、逃げ続けてきた。
色褪せることのない思い出たちが、わたしを見ていた。
「死んでしまっても、母親だからね」
お父さんの声はまだ微かに震えていた。
けど、とても柔く、温かい。
「今でも、夏希の母さんなんだよ」
愛おしさを滲ませた瞳は強い意思がこめられている。
それだけは忘れないでほしい、と願うように。
わたしは頷いた。何度も何度も。
涙か鼻水かわからない滴がポタポタと降ってくる。
写真のなかでお母さんが笑っていた。
あの頃と変わらない笑みで。