【完】八月は、きみのかくしごと


 奏多が目を見張った。
 
 
 ないと言ってほしかった。かくしごとなんてないよ、そう笑ってほしかった。

 奏多を見ているだけでも苦しい。

 不安に呑み込まれてしまいそうになる。


 お願い。お願いだから。

 わたしは一体誰に祈ってるのかわからない。

 でも、わたしはその言葉が出てくるのを願った。


 「ナツにはお見通しだな」


 息を吐くような声に嫌な予感がした。

 心臓をぎゅっと絞られているみたいに苦しくなった。

 心が不安のなかへと投げ込まれていく。


 奏多が告げるであろう次の言葉をわたしは聞きたくなかった。


 「俺、影森を出ていくことになった」

 
 絞り出すような奏多の声に、わたしの目に映るものが色を失った。わたしの世界の色が灰色になる。

 声が出なかった。呼吸すら忘れた。


 「夏休みが終わったら北海道に引っ越す。父さんの仕事の都合で」


 それは引っ越す理由としてはよくあることなのかもしれない。父さんの仕事の都合なら、仕方ないのだ。

 そんなことわかってる。

 わかってるけど……。



 夏休みが終わったら、奏多はいなくってしまう。

 その事実をわたしはまだ、受け入れられない。


 わたしは奏多が『今年はやらなきゃいけない』と言っていた家の手伝いのことを思い出した。
 
 以前の奏多ならきっと家の手伝いをするからといって、それを理由にわたしと会わない日はなかった。急いで陸を探すことも、旅行前の凛子に話を聞くこともしなかったと思う。

 クリームソーダだってお互いお小遣いで頼むか、ひとつを半分こしようと奏多は言ったと思う。

 引っ越していくクラスメイトを見送ったことは何度かある。奏多と一緒に見送った。そのときは、奏多と。


 けど、夏が終わったら、もうこの町に奏多はいない。

 奏多だけが、いなくなる。


 目眩がした。


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