【完】八月は、きみのかくしごと
「でも、俺が本当にやらなきゃいけなかったことは……」
奏多が大きく息を吸い込んだ。
無理に笑ってわたしを見る。
「ナツにさよならを言うことだよ」
まるで冬に吹く冷たい風が心のなかを通り抜けていく。
少しでも動けば、瞬きをすれば、涙が零れてしまいそうになる。
奏多の泣き出しそうな頬が歪む。
それでも奏多は笑おうとする。泣きたいのに笑おうとする。
初めて見せた奏多の表情にわたしは目を見開いた。
『俺らが思ってるより、時間は待ってくれないんだよ、ナツ』
あの日の奏多の声が聞こえる。
それはわたしに向けられていたものなのか、自分に言い聞かせていたものなのか、どっちもだったのか。
ひとつだけわかったことがある。
奏多は、ずっとさよならの準備をしていたんだ。
夏休みの前、終業式の、少し前。
わたしがどうせ明日話してくるだろうと思っていたときも。
わたしが退屈だと時間をもて余していたときも。
明日でいいや、そう言いながら無駄に過ごしてきた間もずっと……。