【完】八月は、きみのかくしごと


 このまま奏多といたい。それだけでいい。

 
 奏多が笑うとわたしも笑う。

 奏多が悩むなら一緒に悩む。

 奏多が悲しいときはきっとわたしも悲しい。

 けど、そっとその手を握りたい。出来るだけ優しく。

 
 色んな奏多の顔を見ていたい。

 そうやって奏多と生きていけたら。

 涙で奏多の顔が見えなくなる。

 
 わたしの世界はいつも奏多でいっぱいだった。


 ーーーわたしは、こんなにも奏多が好きだ


 「ナツ。俺たちはさよならしなきゃいけないんだよ」


 奏多の声が大きく震えていた。

 痛みに耐えるように唇を噛み締めやっぱり無理に笑ってみせる。

 「でも、俺とナツには思い出があるから。だから……」


 奏多の瞳から涙が落ちていった。

 その瞬間、堰を切ったように思い出が溢れ出す。

 まるで宝物のような思い出。


 裏山にある石段から見る影森の町並み。

 トモちゃんのお店のさくらんぼの乗ったクリームソーダ。

 七草寺の本殿。凛子と話しをしたよね。

 トキさんのいる御門屋のおまんじゅうも美味しかった。
 
 奏多と一緒に食べたから美味しかった。

 陸の背中を押した空き地も。

 この羊ヶ丘公園のベンチも。肩と肩がぶつかりそうになる。その度にわたしの鼓動は音をたてる。

 わたしがホントはドキドキしてたって、奏多は知ってるかな。


 もっと、もっとたくさんある。

 この影森の町のどこかに、もっと。


< 159 / 185 >

この作品をシェア

pagetop