【完】八月は、きみのかくしごと
「ナツ……?」
奏多の声が聞こえた気がしたけれど、わたしは動けない。
ーーー奏多、逃げて。
そう叫びたいのに声が出てこない。
アスファルトにだらんと倒れた身体を起こそうとしても、力が入らない。
下腹辺りが焦げたように熱くなっていき、鉄を焦がしたような匂いが鼻を刺した。
周囲から悲鳴が上がる。
「……通り魔だ! 誰か倒れてるぞ!」
男がわたしの視界から消えていく。
血相を変えて逃げていく。
夜祭りへと向かう人々が騒然としている。
「女の子が刺された……誰かぁっ!」
住人が絶叫する。子供の泣き叫ぶ声がする。
わたしは首を起こそうとしたけれど、身体はまるでいうことをきかない。
早く奏多の手を握りたいのに。奏多と夜祭りに行って、もっと思い出を作りたいのに。
わたしに駆け寄る足音が頭に響いた。
「夏希………!」
奏多の声だ。
わたしに触れるような感覚を感じて目線だけをなんとか上げた。