【完】八月は、きみのかくしごと
凛子が奏でる音はとても優しいから。
まるで魔法みたいだね、と伝えたことがある。
わたしは発表会を見に行くと返事をした。
緊張しながら声をかけてくれた凛子にわたしは断ることは出来なかった。
それ以上に、また凛子のピアノが聞きたかったから。
当日。
『お花くらい持っていくのが礼儀よ』と、母さんが用意してくれたブーケを持っていくと、凛子が泣きながら笑ってくれた。
凛子は引っ込み思案で話すのに時間がかかるけれど、最後まで待つと、ちゃんと自分の言いたいことを口に出来る子だ。
のろまなんじゃない。
凛子は言葉にする前に頭のなかで色々考えているんだ。
自分が口にしたことで誰かを傷つけたりしないか、嫌な思いをさせないか、怒らせないか。
それに凛子は絶対に自分の気持ちに嘘をつかない。
だからだろう。
わたしが先月の放課後、凛子の言葉にカッとなったのは。
怒っていたのはわたしの方。凛子は学校でもこっちをチラチラ見ていたし話しかけてこようとしていたのも感じた。
知らん顔したのもわたしだ。
それ以来、凛子ともお互い話すことなく、夏休みに入ってしまったのだけれど。
そういえば、トモちゃんの喫茶店で見せられた奏多の計画書には凛子の名前があったな。
あのときは気になったけれどわたしからは言わなかった。
それに一度目の夏休みでは凛子の家にいくなんてことはなかったのに。
この度の夏休みは全く予期することが出来なくて困る。
わたしの生死がかかっているのに。