【完】八月は、きみのかくしごと
「コラ。前を見て歩け!」
「だって、いきなり声が聞こえるんだもん!」
驚かない方がおかしいでしょ。
「ふんっ。こんなところで時間を無駄にするのか?」
まただ。その台詞はもう耳にタコだよ。
「違うよ。これから凛子の……友達のとこにいくの」
「そうか。友達との時間は無駄ではないな。だが、生きたい理由と過ちを見つけてくるんだぞ。それを忘れるなよ」
「もう、わかってるってば!」
うんざりして、思わず大きな声が出た。
水撒きをしていたおばさんはこちらを見て目を見開く。
ささっと家のなかに入っていった。
ハッとして辺りを見ると、いつの間にか後ろを歩いていたサラリーマンらしき男性も訝しげにこちらを見ていた。
もう、これじゃあ、わたしが暑さにやられた人みたいじゃない。
わたしはたちまち恥ずかしくなり、慌ててその場を離れると凛子の家へと走り出した。
背後から視線を感じたような気がして何度か振り返ったけれど、鬼丸がいるはずがない。
その証拠に鬼丸の声はもう降ってこなかった。
不思議なことばかりが起きる夏に目眩がする。