【完】八月は、きみのかくしごと


 わたしは意識不明の重体だと言うけど、ここにいる実感がある。

 寒さも感じるし身体も動く。

 それに、裁判長だとか言っているこの男、まるで神社の神主さんみたいな白い服を着ている。

 わたしより歳が上だということは見てとれるけど、お父さんよりは若いのかまではわからない。

 とにかく、見るからに怪しいと思った。


 「なにを突っ立ているんだ。こっちに来い。時間を無駄にするな」

 男は顎をしゃくる。

 わたしは渋々男のあとをついていくと、長い机を挟んで男の前に座った。

 「ここは生と死をさまよっている者の裁判を行う」

 「わたしの裁判をするの? なんで? まだ死んでもいないのに?」

 「お前なぁ。人の話は最後まで聞けと教わらなかったのか?」

 わたしの名前が書いてある書類を乱暴に投げ出した。

 偉そうな裁判長だな。

 「今、お前の魂がここにある状態だ。身体は現世にある。つまり病院のベッドにあるということだ」
 
 「は? 幽体離脱ってやつ? ありえないでしょ」


 わたしは笑った。

 身体のなかから魂だけ出てくるなんて、それじゃあ漫画の世界の話だ。

 バカげてる。


 「きゃっ……!」

 男は突然わたしの手首を掴んで立ち上がると、部屋の奥へぐんぐん進んでいく。

 驚くほど氷のように冷たい手だった。


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