【完】八月は、きみのかくしごと
「私のカレーを旨い旨いってよく食べてくれていたわ。私はそれしか取り柄がないのに誰よりも褒めてくれて、嬉しかった」
今も店内にはカレーの香りが広がっている。
「でもね、高校生になってからまともに顔が見れなくて。嫌ってほど会ってるのに、目が合うと……こう、恥ずかしくなったんだよ」
女のひとはいくつになっても恋をしていると乙女になると聞いたことがある。
想いを募らせたようなトモちゃんの潤いを帯びた瞳は、まさに乙女だった。
「学校はお互い別だったから余計会うことも減ってね。放課後、時正の柔道部の練習帰りを見計らって、顔を見たりしたんだ。私も今帰りなのよって平然を装っていたけど、内心はドキドキして、なんにも喋れなかったわ」
表情を崩して苦笑してみせた。
わたしもそんなときがある。
奏多の顔を見ると、キュッと胸が苦しくて、言葉が出てこないときがある。
そんな気持ちをなんて呼べばいいのかわからないけれど。