【完】八月は、きみのかくしごと


 「ようやくまともに話したのは時正が家に来て、カレーが食べたいって言ってきたときだったわ。久しぶりに来たかと思ったら、カレーを作れなんて。しかも両親が留守で、こっちは心臓が破裂しちゃいそうだっていうのによ?」

 楽しそうな口調はいつもトモちゃんだった。

 「それで、作ってあげたの? カレー」

 けれど、そう聞いた途端、トモちゃんは力なく首を振った。

 ゆっくりと深呼吸をする。

 こちらへ向いたその顔に笑顔はなかった。

 「作ってあげればよかったなって後悔してるわ。何十年経った今でも、ずっとね」

 トモちゃんは目を伏せる。

 その口調から楽しい思い出話が出てこないことが伝わってくる。

 「その夜、時正が死ぬなんて思ってなかったのよ。知ってたら、作っていたのだけどね。でも……おかしいわよね、そんなの」
  
 死。

 淡々とした口調で告げられたことが実感を伴って耳に入らなかった。

 呆然とトモちゃんを見ているしか出来ない。


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