【完】八月は、きみのかくしごと


 いつからそれが口癖になったかなんてわからない。

 無意識だったのかもしれない。

 明日と口に出して言えば鉛のように重たい気持ちが軽くなった。

 明日になれば今までわたしの大好きだった優しい母さんに戻ってるかもしれない。

 そう思うようにしたらその日を乗り切れた。

 あの頃、おまじないみたいに口にしていた。


 「あんたが明日って言ってる“今日”はね、里子が病気と闘いながら生きたいと願った“明日”なんだよ」

 わたしは頬を張られたようにトモちゃんを見る。

 トモちゃんの目の周りの皺が小刻みに揺れる。

 涙が零れ落ちないように堪えている。

 
 その言葉はどこかで聞いたことがある。

 その時は、誰かが綺麗にまとめたんだろうなくらいにしか思わなかった。

 そういう綺麗事ってやつになんの共感もしなかった。


 でも今は、どうしてこんなに胸を揺さぶるのだろう。


 すとん、と心のなかに落ちてきた。

 じんわりと染み渡る。

 傷口に染みたみたいにヒリヒリする。

 

< 83 / 185 >

この作品をシェア

pagetop