チューリップ


リュウは少し微笑みを浮かべながら話した。
苦しげな微笑みを。


「あの日…俺は家を飛び出して、父親から逃げた。あの日の夜は父親を思うだけが吐き気がして、まともに息も出来なくて、陽介んちでずっともだえてた。



次の日、決死の思いでこの家に帰ってきたら、銀行の通帳と印鑑がこのテーブルの上にあった。」


リュウは私たちの目の前にあるテーブルを軽く蹴った。テーブルがキシと音を鳴らす。


「それから1日も顔を見てない。もとから金だけはあるから困んねぇしな。」



1日もって…。



やっぱりこの家には

人の温もりがない。




私もそうだったからわかる。


人の暖かさが感じられなかったら、心は枯れちゃうんだよ。



ずっと1人で生きてきたの?


辛いときも苦しいときもずっと1人で?



そんなの寂しいよ。



「梨華…。何でお前が泣くんだよ。」


無意識に流れ出ていた涙をリュウは指で拭ってくれた。


「もうお前がいるから、俺は大丈夫だよ。」


そっと私を抱き抱えてくれているリュウの背中に手を回して、力を込める。



もう過去には戻れないから


今からでも遅くないはず


リュウに寂しい思いをこれ以上してほしくない


人の温もりを感じていてほしい







暑い暑い夏の夜

突然押し掛けたリュウの家で

リュウの体温を体中で感じながら

心から願った





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