誤り婚−こんなはずじゃなかった!−

 龍河は一瞬、迷った。電話に出るか、出まいか。

 5秒ほど『一ノ瀬秋葉』の名前が映し出されたディスプレイをじっと見つめていたが、無視するという選択肢に罪悪感を覚えたため、仕方なく電話に出た。

「秋葉さん?久しぶりですね。どうかしましたか?」

 心臓は壊れそうなくらい早鐘を打っているのに、龍河はぎりぎりのところで平静を装った。

『龍河君、ごめんね、急に電話して』

「いえ、大丈夫ですよ。何かあったんですか?」

 あいなに接する時とは真逆の、丁寧な対応をする。

『今、あいな家にいる?』

「いえ、まだ帰ってませんけど。この時間はバイトじゃないですか?」

『ううん、そんなはずないんだよね。今日、いったん家に帰った後駅で待ち合わせよって約束してたから。バイトは休みって言ってたし。なのに、なかなか会えないから心配になって。あいなのスマホにも何回か電話してるんだけどつながらないし……』

「そうですか、そんなことが……?」

(姉ちゃん、どうしたんだろ?友達大切にしろってエラソーなこと言ってたクセに、自分はこれかよ。)

 心の中で軽くつっこみつつ、あいなが友達との約束を簡単に破る性格ではないことも、龍河は知っていた。
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