誤り婚−こんなはずじゃなかった!−
エトリアの泉を相変わらずぼんやり見つめたまま、シャルは背後のルイスに言った。
「なぁ、ルイス。お前も来いよ」
「『水面に自分の姿を映すと、将来最良の伴侶が現れる』でしたか。伝承を信じてのお誘いなら私はご遠慮します。あいにく興味がありませんので」
「ったく、わざわざ言われなくてもお前がそういうのに興味がないことは知ってるって。でもいいじゃん、ちょっとくらい。真面目に働いてたら疲れるし、たまにはサボるくらいがいいぞ~」
「いえ、けっこうです。休憩時間は充分にいただいていますので」
自分までシャルのペースにのまれてはいけない。今は勤務中なのだから。怠けてなどいたら、自分を拾い世話をしてくれた国王に申し訳が立たない。
丁寧ではあるが冷ややかで温かみのないルイスの返答に、シャルはいじけた。
「なんだよ。ちょっと年上だからって、同じ子供のくせに大人ぶりやがって。つまんねぇやつ」
「ええ。私はつまらない人間ですよ」
12歳のシャルと15歳のルイス。兄弟とも見える年齢差なのに、そうとは思えないくらい二人の間に立ち塞がる壁は分厚く高い。シャルはそれを無意識のうちに感じ取り、寂しく思っていた。
「……ふん……。なんだよ。俺に不満があるなら言い返してこればいいのに、腹の立つ受け答えばかりするよな、お前」
「シャル様に対して不満などありません。全て私の不手際のせいです」
「ああ、そうかよ」
わざと大きなため息をつき、シャルは再び泉を見つめた。こうしていると妙に落ち着くのだ。
(俺を取り巻く世界は全て作り物みたいだ。皆、俺を特別扱いして、一切心を見せてくれない。絶対俺に対して何か思ってるのにうまくかわしてさ。人に囲まれてるのになんか孤独だ……。)
こんな自分に王子なんてつとまるのだろうか。国民の心を束ね大切にする、そんな国王に将来なれるのだろうか。
シャルはいつもそんなことを考えていた。
王子を辞めて一般の国民として暮らしたいと願った。友達と遊んだり、学校に通ったり、家族で遠出をしてみたい。
幼い頃から共に暮らしているルイスはシャルにとって唯一の話し相手であるのに、執事という立場を気にしてか、ルイスはシャルに踏み込んでこない。