結婚したくてなにが悪い?!

親父の部屋を出て長い廊下を玄関へ向かっていると、縁側下、置石の上に置かれた下駄に目が止まる。
昔ながらの無駄に広い屋敷は、今も変わらず隅々まで使用人の手が行き届いている。
冬のこの時期の庭も枯れ葉一つ落ちていない。

小さい頃、この縁側で、亡くなった父さんと庭を眺めるのが好きだった。
いつも仕事で帰りの遅い父さんが、月に一度ほどの休みに俺を膝に置いて、のんびり過ごしていた。

普段は難しい顔ばかりしている父さんだったが、雨上がり濡れた苔が夕日に照らされ、キラキラと光る庭の苔を『宝石』だと父さんは言った事がある。

『どんな石も磨かなくては、ただの石。 人の手によって磨かれてこそ美しくなり、高価にもなる。 この庭も庭師によって手入れされているから、美しく綺麗なんだ。 ただの苔さえもこんなに美しく輝くんだよ?』

ここで見る父さんの顔は優しく、俺の大好きな自慢の父さんだった。

「兄さんお帰りなさい」
「あぁ… 」

久しぶりに会う弟の穣は随分立派になっていた。俺が家を出た時、穣はまだ、高校生だった。だが今は、親父の下で働いているらしい。

「父さんが言ってたけど、経営に携わるって本当?」
「…心配するな? お前から何も取りゃしない。 じゃーな」
「ちょっと待って兄さん!…」




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