結婚したくてなにが悪い?!
怪我をした彼女をひとり部屋に置き、俺は仕事に戻って来ていた。
バーは営業時間も終わっていて、スタッフは誰も残っていない。カウンターで書類に目を通していれば同期の生田がやって来た。
彼女の事を話したくて、俺が連絡したからだ。
「真面目にやってるんだな?」
「真面目な奴は、仕事場で酒飲みながら仕事しねぇだろ?」
咥えていた煙草を灰皿に押し消し、空になったグラスにバーボンを注ぐ。
「お前も飲むか?」とバーボンを生田に指し示す。
「俺は仕事中だから」と言う生田に俺は「相変わらず真面目だな?」と言ってやる。
「お前だって根は真面目だろ? だから戻って来たんだろ?」生田は俺の隣の椅子に腰を下ろした。
「ちげぇーよ! あの人に恩があるから戻って来ただけだ。だからといって、継ぐつもりもない!」
生田は俺と親父の仲を知っている数少ない人の一人だ。
「どうして? 俺はお前に『会社のトップになっていつかサクラホテルを世界一のホテルにしたい。だから、その時は俺の右腕になってくれ』ってお前に頼まれたから、だから俺は今もここに居るんだぞ?」
生田とは同期というだけで無く、大学からの付き合いた。優秀だった生田を、俺がうちの会社に引っ張った。当時会社を継ぐつもりだった俺は、信頼出来る生田に、ゆくゆくは俺を支えて欲しいと頼んでいた。
大学を卒業して会社経営に携わる前に、先ずはホテルの全てを知りたかった。死んだ父さんが一番大切にしていたホテルの仕事を、最初に肌で感じ学びたかった。 その為に生田と一緒にホテルに入社し、一般と同じ様に新人研修から始めた。
だが、あの日を堺に俺の気持ちは変わった。
叔父(親父)に用があり、部屋へ訪ねた時、中から穣の必死に訴える声が漏れてきた。
『どうして!? 父さんの実子は俺だけだろ?……会社は俺に……』
その時、穣の気持ちを知り、俺は家を出た。
「そんなクサイ事言ってた時期もあったな? 今じゃ冗談でも恥かしくて言えねぇわ!」