結婚したくてなにが悪い?!
休憩が終わり勤務に戻ると、直ぐにフロントマネージャーの生田さんからインカムで呼び出しが掛った。
「はい、深田です」
『今どこにいる?』
「27階、クリーンルームに居ます」
クリーンルームとは、お客様の目につかないバックヤードにあり、タオルやシーツ、アメニティなど客室に補充する物から、客室を掃除する道具や洗剤が置いてある。
私達は仕事を始める時、カートに必要なものを補充してから客室へ向う。
『直ぐに2327号室まで来てくれ』
ん? 何かあったの?
ハウスキーパーは5組のチームに分けられ、私のチームは20階から30階を担当している。
「はい。すぐ行きます!」
嫌な予感がする…
私は急ぎ、非常時兼従業員用のバックヤードにある階段で、23階にかけ降り、一度客室フロワーに出て、2327号室へ向う。
客室のドアはドアチェーンによって開けられており、私は入り口でノックをし、「失礼します!」と声を掛けてから部屋に入る。
部屋には生田さんと、1ヶ月前からこの部屋にお泊り頂いているお客様の、長谷部様が居た。
その長谷部様は、とても苛立っておられる様子だ。
「遅くなりました。なにか有りましたでしょうか?」
声を掛けると、生田さんが事情を話してくれた。
長谷部様の大事な原稿が無くなったらしいと。
長谷部様は、作家だときいてる。
いくつもの本を出され、色んな雑誌のコラムも書かれているそうだ。
長谷部様は執筆される時は、必ずうちのホテルを使って下さる。
「もう上がっていたんだ! 今夜出版社の人に渡せば良いように封筒にいれて、ここにちゃんとおいて置いたんだ!」
っ!?
長谷部様は苛立ち、執筆用に用意されたデスクを叩いた。