結婚したくてなにが悪い?!
結局映画を2本見て時間を潰した後、私達の仕事場であるホテルへとタクシーで向かった。
タクシーがホテルへ到着すると、ドアマンの坂下君が迎えてくれる。彼は私達の二期後輩で、とても真面目だと聞いている。
坂下君は車中の私達を見て一瞬表情を変えた。だが、直ぐに仕事の顔に戻り、そして、「いらっしゃいませ。」と声を掛けた。
ドアマンというのはとても重要な仕事である。
それは、最初に接するドアマンでホテルへの印象が変わると言われているからだ。
学生時代ニューヨークへ1ヶ月ほどホームステイした事がある。その時、友人と知人のホームパーティーへ誘われ、向かった先のマンションにドアマンがいた事に驚いた。そのドアマンは少し年配の男性で、彼は私と一緒に訪れた友人の名前を呼び、挨拶をした。そして私へと視線を移した。友人が私を、日本から来た友人の恭子と紹介すると、ドアマンは片言の日本語で、『コンニチワ キョウコ』と微笑みドアを開けてくれた。
それから一年後、再びニューヨークの知人宅へ訪れた時、あの時と同じドアマンがいた。そして彼は『コンニチワ キョウコ』と、以前と変わらない微笑みドアを開けてくれた。
一度会っただけの私を覚えててくれたのだ。
あの時どんなに嬉しかったか、今も覚えている。
日本では馴染が薄い職業だが、ニューヨークでは、ドアマンのいるビルに住むんでる事は、ちょっとしたステータスでもあるらしい。
その為、需要は多いが、求人は市場に出る事はないと聞く。新しいビルが完成する頃、優秀なドアマンを探し、ヘッドハンティングすると言う。
ドアマンの仕事は、住人や客を迎え入れ、送り出すだけではない。人の出入りを注意深く観察し記憶する。保安管理や信頼維持の点から重要な仕事で、いまビル内に居る人や居ない人を、把握できていればいるほど好ましいと言われる。
届いた荷物の管理や言いつかった用件やトラブルを、的確に判断し冷静に片付ける。私達の仕事で言えば、ドアマン、ベル、フロント全てを熟す。まさに“ビルの顔”と、言える。
これは後で知人に聞いた話だが、ボブもまたヘッドハンティングされたらしく、昔は優秀なホテルのドアマンだったらしい。
そんな住居ビルのドアマン達には、“住民にドアを触れさせない”と、言うポリシーもあるらしい。
それだけドアマンという仕事にプライドを持っているのだろう。