結婚したくてなにが悪い?!
『なにあの人? さっきからチラチラこっち見て、あの人も大田さん狙い?』
『あの人、ホテルの人だよ? 確かハウスキーパーの…深田…深田恭子!』
『深田恭子…?ってあの深田恭子?ぷッ』
名前が独り歩きしてる事は知っていた。こんな事は今迄何度もあった事である。特に新入社員研修をする事になってから、多くなった。
ああ笑えばいいさ?
名前で笑われるのは慣れてるからね!
でも私の名前を知ってるって事は、ホテルの従業員だよね?
どう見ても、私より後輩だと思うけど?
良いのか? 先輩をこういう場で笑いものにしても?
まぁ他のお客様を不快にさせなきゃ良いけど?
若い女の子達の話に、苛立ちを隠せずにドライマティーニを飲み干し、ウォッカマティーニを注文する。
すると今度は大田さんが、ウォッカマティーニを作ってくれた。
側へ来た彼へ小声で「ねぇ部屋の鍵」と言ってカウンターの上に置いてあった鍵を指で彼へと差し出す。すると先程の女の子達から嫉妬が向けられる。
『やっだぁー口説いてるよ? あの人いくつ? オバサンだよね?』
いや、口説いてませんから!
そんな事より、オバサンって誰の事を言ってる?
私はあんたの叔母さんじゃないし、まだオバサンと言われる歳じゃない!
『あの人…ベルの友田さんと同期って言ってたから紅白だよ?』
紅白…?
『紅白ってなに?』
『30が三十路、31だから大晦日紅白歌がっせーん!!ワッハハ…』
お酒が入り周りが見えなくなっているのか、彼女達はだんだん声が大きくなり始めた。
紅白歌合戦って…
普通にアラサーでいいだろ!?
そんな事より、個人情報をベラベラ喋りやがって…
「フコウハク…プッ」
目の前にいる太田さんは笑いを堪えている様だ。
はぁ゛!?
巫山戯んなよ!?
あの子達の、ホテルの従業員であると言う意識の低さと、常識の無さに怒りを覚えると同時に、笑いを堪えているこの大田さんに腹が立つ。
だが、私の怒りなど今はいい。彼女達は己の醜態に、周りから冷たい視線が注がれている事にまだ気付いていない。
バカ共!
どうするのよ!?
早く何とかしなさいよ!?
これ以上ホテルの格を下げる訳にいかない。私は大田さんを睨みつけた。すると私の言いたい事が分かったのか、大田さんは肩をすくめると、彼女達を諭しに行った。
なんか疲れた…帰ろう。