To a loved one 〜愛しき者へ〜

気づいたら片想い

━━徳川七瀬は、車の後部座席に座っていた。

ここは三河地区内の街中である。
三年生の家臣が運転していて、横には本多花奈も乗っている。
レーシンググリーンのジャガー・XJソブリン4.2L。
独立した記念に買い替えた。
車窓から外を眺めていた。

「ん?」
七瀬は、外を歩く一人の少女に目を付けた。

中学生くらいだろうか?
見慣れない制服だから、修学旅行か何かか?
━━この時代、学校行事なら他県への移動が可能である。

━━かなり風が強いようだ。
膝上くらいの制服のスカートを、必死に押さえて歩いている。
両手でスカートを押さえているので、髪の毛はボサボサになっている。

よく見てみると、長い黒髪が良く似合う、目がクリっとした美少女だ。

「車を止めて。」
七瀬は、運転している家臣に言った。

車が止まる。

七瀬は、車を降りてその少女に歩み寄った。
「大丈夫?」
と、七瀬が声をかけた。

「な、なんとか...。」
と、少女は答えた。
━━大丈夫そうではないようだ...。

「━━はい。」
七瀬は少女に何かを差し出した。
━━バレッタである。

「スカートはどうにもしてあげられないけど、これで髪の毛を留めたら?」
と、七瀬が言う。

「え、でも...。」
少女が言う。

「私のお古で悪いけど、あげるから返さなくてもいいよ。」
と、七瀬は微笑した。

「あ、ありがとうございます。」
少女は、受け取って頭を下げた。

「七瀬様、そろそろ参りましょう。」
花奈が降りて来て声をかけた。

「うん、今行くわ。」
と、答える七瀬。

「じゃあね。」
と、言って七瀬は車へと戻って行った。

「あ、ありがとうございました。」
と、少女はまた頭を下げた。

(ななせ...さんていう名前なのかな?)
少女は、七瀬の後ろ姿を見ていた。

(綺麗な人...。
でも...なんだか寂しそう...。)
少女は思っていた。

手にバレッタを握りしめて...。


━━岐阜県美濃地区岐阜女子高天守。

佑美は理々杏を将軍にして、それを補佐する形で実権を握った...。

その流れで、南近江の観音寺女子高も支配下に置いた。

南近江という地区があるので、当然の事ながら北近江(きたおうみ)地区もある。
北近江地区小谷(おだに)女学院には、有能な大名がいた。
小谷女学院一年、浅井琴子(あざい・ことこ)である。

《浅井》は“あさい”と読まれる事が多いが、琴子の場合は“あざい”である。
黒髪ストレートのロングが似合う、“純和風”といった感じの美少女である。
優しい顔付きなのに、何処か力強さも感じる...。

━━今はまだ6月である。

琴子は高校一年生なので、入学してすぐに大名になった女子高生だ。
三つ歳上の姉が卒業する際に、四月から入学して来る琴子を後継者に指名していた。

琴子が入学して数日は上級生達も、どんな生徒か見極めようとしていた。
琴子が不甲斐(ふがい)ないなら、謀反を起こす事も考えていた。

しかし、琴子は文武に優れており、すぐに他の生徒達から大名だと認められるようになった。

佑美は、そんな琴子を高く評価していた。
そして琴子の力は、佑美とって脅威でもあった...。

そこで、琴子と同盟を結びたいと考えた。
佑美は琴子に電話をかけた。

「━━もしもし、琴子か?織田佑美だ。
突然の電話で悪いね。
実は、琴子と同盟を結びたいと思ってる。
そこで、私の弟の春馬(はるま)と交際して欲しいんだけど?」
佑美は、電話で琴子に伝えた。

「!?」
一瞬、近くで佑美の話を聞いていた、羽柴麻衣の表情が凍った…。

━━春馬は佑美の弟で、高校二年生。
かなりのイケメンで、他の女子高生達からも人気だ。
この女子高生の戦国時代において、
《戦国一の美男子》
と称されている。

━━麻衣も例外ではなかった…。
春馬に恋心を抱いていた...。
...いつの間にか好きだった...。
気づいたら片想い...。

主君である佑美の弟...。
勝手に恋愛が出来ない、この時代...。
届かぬ想い...。

恋をするのはいけない事か?


「玲香。」
佑美は、近くにいた明智玲香を呼んだ。

「はい。」
と、玲香が近付いて来た。

「玲香は、理々杏様の監視をお願い。」
と、佑美は玲香に言った。

「かしこまりました。」
玲香は、頭を下げた。

「頼んだよ。」
と、佑美は微笑した。

「はい。」
と言って、玲香は天守を出ていった。

天守を出たあと、玲香は立ち止まった。

(なぜ...?)
玲香は考えていた。
(佑美様の笑顔を見ると、胸がキュンとする...。)
玲香は胸に手を当てた。

(佑美様の事を考えると、胸が苦しくなる...。)

「こ、これって…。」
玲香は呟くように言った...。

気づいたら片想い...!?
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