味も素っ気もない手紙
~南さんと病室にて~
「お義母さん、体調いかがですか?」



その日、珍しい人が病室を訪ねて来た。



「あら!南さんわざわざ来てくれたのー!」



雅紀の妻である南さんだった。



嬉しさのあまりベッドから飛び出して行きたかったが…
気持ちと体は裏腹で、体力が日に日に落ちている老体にそれは叶わなかった。



しかし、私の変わりに南さんがベッドに駆け寄ってくれて、どちらともいわず伸ばした手を握り合う。




「お義母さん、お久し振りですー」




「南さん元気にしてた?
もう!言ってくれたら何かお菓子用意してたのにー」




「すみません。お義母さんをびっくりさせたかったんです。」




南さんはサプライズが成功して喜ぶ、幼い子供の様にくしゃりと笑った。





「本当びっくりしたわよー
南さん一人で来たの?」




「雅紀さんは仕事があるので私だけなんです。すみません…」




「あぁ、違うの。」




私は手を降って、申し訳なさそうに視線を落とす南さんに、雅紀の事を言ったわけじゃないことを説明した。




「昨日、藍子が来るって行ってたから一緒に来たのかと思ったのよ。」




「そうだったんですか~
最初は藍子さんと来るはずだったんですが、職場から急な呼び出しがあったみたいでまた後から来るそうですよ。」




「あの子も相変わらず忙しくしてるわね~
さぁさ南さん、疲れたでしょ?座って。」




それから私達は南さんがお土産に持ってきた最中を摘まみながら話に花を咲かせた。




最近体調が良いこと、お土産の最中がテレビで取り上げられていたこと、南さんが来月から主婦を辞めて就職すること。
色々なことを話した。




「なんだか南さん痩せたわね~
雅紀のワガママに振り回されてるんじゃない?」




「そんなことないですよ。雅紀さんワガママ全然言わないんですから…
もっと言ってもらって振り回してもらいたいくらいです。」




「それならいいんだけど~
南さんには雅紀なんて気にしないでもっと自由に生きてほしいわ。だって南さんまだ若いんだから。」




「お義母さん…」




南さんは視線を下げ何か言いたげに口を開いたが、結局何も言わずに顔を上げた。



その顔は悲しそうに笑っていた。




「ありがとうございます。私、雅紀さんと結婚出来きて幸せです。
こんなに優しいお義母さんも出来てこれ以上望んだらバチが当たりそうで怖いです。アハハ…」




「私もこんな良いお嫁さんが来てくれて嬉しかったわ。
でも、始めはあの子のどこが良くて結婚してくれたのか不思議だったのよー」




私が大袈裟な演技をすると南さんは先程までの悲しい笑顔を崩して吹き出した。




「だって、あの子クール過ぎるのよね。
しかも、遊び心ってゆーか、ユーモアもないし~」




「そうですね。クール過ぎますね。
でもとっても優しいです。」




「そうね…優しかったわね。
雅紀はクール過ぎるから昔から冷たい性格に誤解されやすいのだけど…
雅紀のこと分かってくれる人に出会えて本当に雅紀は幸せ者ね。」




「雅紀さんに出会えて、私も幸せ者です。」







南さんのとても幸せそうな笑顔に、何故か私は泣きそうになった。



年を取ると涙もろくなって嫌ね…



込み上げてくるモノをぐっと押し込めて私も笑った。








「あらあら、のろけかしら?」




「あっ、いえ、そういうのでは―」




「ふふふっ、仲が良くて何よりよ。あら…」




ふと、照れて顔を赤らめる南さんの手に目が留まった。



先程手を握った時は、南さんが突然来たことにビックリしていて気付かなかったが…




「随分荒れてるわね~
これ、あげるわ!凄く聞くのよ、使ってみて。」




サイドテーブルの引き出しからハンドクリームを取り出して南さんに渡すと、最初は遠慮して受け取らなかったが、入院中は水仕事をしないせいで全く使わないことを言うと「ありがとうございます。」と受け取って早速使ってくれた。




「そう言えば、雅紀からハンドクリームをプレゼントされたことがあったわね…
誕生日でもないのにいきなりくれたのよ。
でも、雅紀からのプレゼントなんて後にも先にもそれっきりなんだけどね。」




「雅紀さん何でいきなりくれたんでしょうか?
プレゼントは嬉しいですけど、私なら逆に何かあるんじゃないかって思っちゃいます。 」




「あの子…水仕事で荒れた手に気づいてね…
そういう子なのよね。
何気ないことに気付ける子…」




「雅紀さん…そういうとこありますよね…」




「でもね、やっばり雅紀は雅紀なのよ。
それくれた時、スーパーのビニール袋に入れて渡してきたのよ。
やっぱり女心が分かってないのよねー」




「それ、分かります。婚約指輪も箱に入れずに手渡しでした。渡された後で入れる箱もらえるのかなって思ってたら、家に忘れて来たって言うんですよ。」




「あぁ~あの子らしいわねー。
そうそうあの子らしいって言ったら、この前送ってきた手紙!」




私は大事に仕舞っておいた葉書を箱から取り出して南さんに見せた。




「味も素っ気もない手紙。
写真も挿し絵もない、ただ文字が連なっているだけの手紙。
だけど、とってもあの子らしい…

南さん…
ありがとう。

雅紀にそう伝えて。」




南さんは「はい。」とだけ答えた。









南さん、ありがとう…



私は心の中でもう一度その言葉を呟いた。



あなたが来たくれて本当に嬉しかった。
あなたに何かお礼がしたいのだけど、何が出来るかしらね…



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