味も素っ気もない手紙
~お父さんと病室にて~
「出来た!」
暫く睨み合っていた紙から目を上げれば、隣から溜め息が聞こえてきた。
「そんなに元気なんだから、遺言書なんて書く必要ないだろ?」
その日、珍しくお父さんが一人で病室に来ていた。
私がこれを書いている間もお父さんはずっと不満そうにしていた。
始めも、『ここのところずっと体調も良いのに縁起でもない!』なんて言っていたけれど、それでも書き始めると口を挟まず終わるまで待っていてくれる。お父さんって昔からそういう人なのよね。
「何言ってるのよ!ペンも持てないよぼよぼになってから書こうと思っても遅いんだから!元気なうちに書いとかないと!」
「それで何って書いたんだ?」
「ちょっと!まだダメよ!」
私の手から紙を取ろうとした手をぴしゃりと叩いて制すると、ますますお父さんは不満そうになってしまう。
だから私はしぶしぶながらも簡単に説明することにした。
「まぁ、簡単に言うと~
まず、遺産は貴方に半分、残った半分は藍子と南さんで半分に分けること。」
「藍子と雅紀じゃなくて?南さんに?」
やっぱり驚くと思ったわ…
だって…
「だって、雅紀がちゃんと管理出来るか心配だもの。
ならいっそ、しっかり者の南さんに始めから預けるのが一番だわ。」
「まぁ、お前の好きなようにすれば良いさ。
しかしそんなに貯めてたとはな~」
「あなたと会う前に貯めてたのよ。
あなたと会う前はバリバリのキャリアウーマンだったのよ?言ってなかったかしら?」
ふふんと自慢げに言えば、お父さんの眉間のシワが濃くなる。
「言ってないぞ。
……まぁ言ってはないが知ってはいたんだ。」
「えっ!何で知てるの!?」
驚かせるつもりが、こっちが驚くはめになった。
「実は若い頃、営業で外回りしてた時に何度か母さんを見かけたことがあったんだ。」
「何それ!始めて聞いたわよ!?」
「始めて言ったからな。
にしてもお前、良く今まで言わなかったな。」
「言わなかったんじゃなくて、言う機会がなかったのよ。」
「……お前、そういうとこあるよな。前にも…」
と、昔のことを持ち出してぶつぶつ言い出せば、毎度の事ながら長くなるのは分かっていたから、「そう言うあなたも言えた義理じゃないでしょ。」と早めに口を挟んだ。
このやり取りは何年たっても変わらない。
「まぁ、似た者夫婦ってことだな。」
「30年も一緒にいるんだものね~
それなのに知らないことがまだあるのね。」
「これから知っていけばいいだろ。」
「そうね…
でも、30年も一緒にいると自然と嫌なところばかり見えてくるのよね~」
「そんなの、俺だって一緒だ。」
そうしてどちらともなく笑い出した。
「そうだ、雅紀からまた手紙来てたぞ。」
そう言って渡されたのは、また味も素っ気もない文字だけの葉書だった。
「あいつは、手紙ばかりでまったく会いにこんな。」
「良いのよ。そのうち会いに来てくれるわ。
それに、雅紀の分もあなたが会いに来てくれるもの。
欲を言えば、もっと会いにきてほしいくらいなんだけど!」
と、ぐちぐち言うのを「いつものやつが始まった」と、お父さんは苦笑いで聞いていた。
こうして今日も一日が過ぎていく。
一日、一日が過ぎて行って、この遺言書を皆が読む日もそう遠くない気がする。
私から皆へ宛てた、遺言書という最後の手紙を…
暫く睨み合っていた紙から目を上げれば、隣から溜め息が聞こえてきた。
「そんなに元気なんだから、遺言書なんて書く必要ないだろ?」
その日、珍しくお父さんが一人で病室に来ていた。
私がこれを書いている間もお父さんはずっと不満そうにしていた。
始めも、『ここのところずっと体調も良いのに縁起でもない!』なんて言っていたけれど、それでも書き始めると口を挟まず終わるまで待っていてくれる。お父さんって昔からそういう人なのよね。
「何言ってるのよ!ペンも持てないよぼよぼになってから書こうと思っても遅いんだから!元気なうちに書いとかないと!」
「それで何って書いたんだ?」
「ちょっと!まだダメよ!」
私の手から紙を取ろうとした手をぴしゃりと叩いて制すると、ますますお父さんは不満そうになってしまう。
だから私はしぶしぶながらも簡単に説明することにした。
「まぁ、簡単に言うと~
まず、遺産は貴方に半分、残った半分は藍子と南さんで半分に分けること。」
「藍子と雅紀じゃなくて?南さんに?」
やっぱり驚くと思ったわ…
だって…
「だって、雅紀がちゃんと管理出来るか心配だもの。
ならいっそ、しっかり者の南さんに始めから預けるのが一番だわ。」
「まぁ、お前の好きなようにすれば良いさ。
しかしそんなに貯めてたとはな~」
「あなたと会う前に貯めてたのよ。
あなたと会う前はバリバリのキャリアウーマンだったのよ?言ってなかったかしら?」
ふふんと自慢げに言えば、お父さんの眉間のシワが濃くなる。
「言ってないぞ。
……まぁ言ってはないが知ってはいたんだ。」
「えっ!何で知てるの!?」
驚かせるつもりが、こっちが驚くはめになった。
「実は若い頃、営業で外回りしてた時に何度か母さんを見かけたことがあったんだ。」
「何それ!始めて聞いたわよ!?」
「始めて言ったからな。
にしてもお前、良く今まで言わなかったな。」
「言わなかったんじゃなくて、言う機会がなかったのよ。」
「……お前、そういうとこあるよな。前にも…」
と、昔のことを持ち出してぶつぶつ言い出せば、毎度の事ながら長くなるのは分かっていたから、「そう言うあなたも言えた義理じゃないでしょ。」と早めに口を挟んだ。
このやり取りは何年たっても変わらない。
「まぁ、似た者夫婦ってことだな。」
「30年も一緒にいるんだものね~
それなのに知らないことがまだあるのね。」
「これから知っていけばいいだろ。」
「そうね…
でも、30年も一緒にいると自然と嫌なところばかり見えてくるのよね~」
「そんなの、俺だって一緒だ。」
そうしてどちらともなく笑い出した。
「そうだ、雅紀からまた手紙来てたぞ。」
そう言って渡されたのは、また味も素っ気もない文字だけの葉書だった。
「あいつは、手紙ばかりでまったく会いにこんな。」
「良いのよ。そのうち会いに来てくれるわ。
それに、雅紀の分もあなたが会いに来てくれるもの。
欲を言えば、もっと会いにきてほしいくらいなんだけど!」
と、ぐちぐち言うのを「いつものやつが始まった」と、お父さんは苦笑いで聞いていた。
こうして今日も一日が過ぎていく。
一日、一日が過ぎて行って、この遺言書を皆が読む日もそう遠くない気がする。
私から皆へ宛てた、遺言書という最後の手紙を…