ブラック・ストロベリー
「あっちのコンビニ移転してうちに近づいたらしいよ」
「ね、お母さんも便利になったって騒いでたよ」
必要最低限にスマホと財布をもって二人で家を出る。
「夜はやっぱ涼しいな」
「夏だけどね」
9月の夜は昼間に比べてだいぶ気温が下がっていて、半袖じゃ少しだけ肌寒い。
真上にある月は半分だけ雲に隠されていた。
「アイス食いてー」
それでもやっぱり暑いのか、生意気な弟は薄着でも片手でパタパタと仰いでいる。
「お金持ってんの?」
「姉ちゃんほどはねえよ」
だからおごりね、なんて調子乗ってるからやっぱりとことんムカつく弟だ。
「バイトして家賃払ってんの?」
「あたりめーだろ、まあ今は未穂と割り勘だけど」
働きづめだよ、なんて文句言うけど、それでも彼女と暮らすためなら頑張るんだろう、そんなところは我が弟ながらかわいいなと思う。
「いつかは俺がってやつ?やるじゃん」
からかい気味に言うと、そっぽ向いてうっせ、なんて、とことん素直じゃない。
「俺いっとくけどまだ大学2年の二十歳になったばっかだからな、姉ちゃんとは違ってまだ結婚なんて意識しねえの」
「ほんとうるさい口だね、いいよもう、いっそ独身でも」
社会に出てまだ二年、それでも二年という月日はあっという間に過ぎていった。
周りの同期も、上司も、地元の同級生も。
まだ少し早い、なんて言ってる間に時間はどんどん過ぎていくんだって、もう結婚のことを考えてる人も少なくなかった。
「母ちゃんも可哀想だな、娘が嫁がねえなんて」
「親不孝者ですよ、なんならお母さんの介護に回るよ」
どうせ独身なら、なんていうけどこれもどこかの私の強がりだ。
結婚を考えたことがない訳でもない。
それでも、自分が結婚なんて想像もつかなかった。
いまなら、なおさら。
もうあの人以上に、わたしが好きになれる人はいないし、わたしを好いてくれる人も現れないと思う。
「まあいざとなれば、アオイくんもらってくれるだろ」
陸が狙ったように口にする。
またその話か、なんて私は思ってしまうけど、陸はそれなりにわたしとあいつの関係を応援してくれていたし、こればっかりはしょうがない。