ブラック・ストロベリー
「今回も人気だな比奈瀬は」
運転席から社外へ降りてきたその声に振り返る。
「ありがとうございます、いつも思うんですけど中学生ってかわいいんですよね本当に」
腕を伸ばしてのびをする藤さんにお疲れ様です、と声をかければ、ガイドもお疲れ、と返された。
「青春してるんだろうな」
「そうですよね」
修学旅行のガイド中に生徒の女の子たちと仲良くなることは少なくないけれど、恋占いの石の案内をしてほしいと言われたのは初めてだった。
もちろん清水寺の情報はびっしりと頭に詰まっているから案内は心配ないのだけれど。
他愛のない話をしながら、のびをして一息ついて、車内に戻っていく藤さんの後を追って車内に戻る。
「なあ、これは仕事外の話なんだけど」
ガイド席、座席の一番前に座ると、藤さんはドライバー席からこちらにやってくる。
「どうしたんですか?」
私の座席まで来て、私を見降ろす藤さんがあまりにも真剣な表情をしていたから、手に取ったケータイをもう一度手放した。
「彼氏と別れたの?」
どく、自分の心臓の音が喉を伝って届いた気がした。
「あー、まあ、色々ありまして」
平然を装って、へたくそに口角をあげる。
毎回の恒例質問タイムのときに聞いてたのだろう、今回の質問の答えの変化にも気づいたのかも知れない。
「高校から付き合ってたんだよね」
「…まあ、そうですね」
いつかの飲み会で、酔った勢いでそんなはなしをしたかもしれない。
藤さんの前の彼女は、確かだいぶヒステリックだったとか。
一番一緒にいることが多いドライバーだからか、心を開いてるのは確かだ。
「もう元に戻ることはない?」
「…ないですね」
右斜め下、さっき手放したケータイが、座席の上に転がっている。
未読メッセージの数は、ロックを解除しただけで増えていることが分かった。
みなくても相手は誰だか分かる、きっと向こうもこっちに着いたのだろう。
諦めないのはグループそろって似た者同士なんだね、なんて可笑しくて、返せない通知に心の中でさみしく笑った。
陸からも来てるかもしれない。明日のライブのために今日はこっちに泊まるって言ってた。
「あんなに好きだったのに?」
声色を変えない、藤さんの真剣な声が私に向かって落ちてくる。
なぜだかすこしだけ藤さんの表情が強張っているような気がしたけど、理由はわからなかった。