ブラック・ストロベリー
「実家に帰るって、仕事どうすんのよ」
出ていくときに一週間分くらいの荷物しか持ってこなかった私は、荷物をまとめながら、
そうえばあれ置いてきたな、とかこれいらなかったな、ともう戻れないあの部屋に置いてあるものを思い出す。
時間にさえ気を付ければ、きっとあの家に戻ってもアイツには会わずに済むんだろうけど。
でももう、戻らない。
鍵は閉めてからドアポストの滑り込ませた。
「ちゃんと行くよ。でも帰ってきたばっかりだから、あと3日休み」
人とのコミュニケーションをとるのが得意だったからと、バスガイドになって2年。
それなりに楽しいので、天職だと思ってる。
日本全国、あちこちに移動する会社を選んだけれど、どこに行っても楽しいし、何度行っても飽きないのだ。
「次はどこ?」
「中学生と京都大阪」
とくに今回みたいな修学旅行のガイドは楽しい。
中学生の若さに少しだけ体力を使うけれど、その若さに癒されるのだ。
「あれ、じゃあ"ブラスト"のツアーとかぶってんだ」
涼子の言葉に、わたしは黙って、首を縦に小さく動かした。
"Black Strawberry"、通称"ブラスト"と呼ばれるアイツのバンドは、現在2度目の全国ツアー中。
「ま、会うわけないかあ」
わたしの様子を見て明るく言い放った涼子の言葉に私もうなずく。
もう多分、一生アイツと会うことはないんだと思う。
少なくとも、私にその気はない。
もう、会わないって、あの部屋を出るときにそう決めたのだ。