以心伝心【完】
いつもと違う空気をまとってる真はあれから黙って部屋に戻り、それからこもって出てこない。ドアの手前で中の様子を伺ってみるけど、物音一つ聞こえない。
最近はこういう行動が増えた。最初からわかりにくい奴だったけど、今はさらにわかりにくい。
シェアも3年超えたのに、毎日嫌っていうほど一緒にいて話しているのに、こんなに理解できない人間も珍しい。理解できない俺もおかしいのかもしれないけど。
「真?俺、出るよ」
・・・返事はない。
いつものことだから、別に返事しなくてムカつくとかはない。怒ってるっていったって『いってらっしゃい』の一言くらい言ったっていいと思う。怒ってる真にそれは無理だと思うけど。
真の部屋の前で立ちつくして、どうやって声を聞こうかと策を練っていると震える携帯。サブディスプレイには“着信 文也”の文字。
なんでこんな早く来るんだよ!と大声で言ってやりたい。言ってやりたかったけど、ここは真の部屋の前であって、八つ当たりされるアヤは迷惑を被るだけ。とりあえず、冷静になろうと大きく息を吸い込んで携帯を耳にあてた。
『圭ちゃん、早く降りてきてよ』
「ちょっとくらい待てないのかよ」
『真ちゃんも連れてきてよ!』
「今、それどころじゃねえんだよ」
『なに?どしたの?』
「待ってるんやから、行けば?」
「『え?』」
電話の向こうまで聞こえるくらいデカイ声で俺の言葉を遮った真の言葉。
相変わらずトゲトゲしくて、まだ怒ってる。声の大きさからして、俺と真のいる場所は真の部屋に繋がるドアを挟んだだけの距離にいる。
カギを付けてないから強行突破しようと思えば出来るんだけど、そんなこと出来る立場じゃないし、もし実行したら明日から口をきいてもらえなくなるかもしれない。
それだけは困る。
一度、部屋をノックしてみたけれど反応はない。でも、物音がしないからまだドアの傍から動いていないはず。
はぁ、と溜息を吐いて話しかけることにした。
「俺行くけど、気が向いたら連絡して。すぐ迎えに来るから」
返事が返ってくるかと思って少し待っていたけど、やっぱりなかった。
真の考えてることがわかんないのはいつものこと。でも、今までこんなことで怒ったりすることはなかった。だから、なおさら検討がつかない。
いつもは笑顔で送り出すか、羨ましそうにするかのどちらかだったのに。
まだ繋いだままだった携帯を耳にあてて「出る」とだけ伝えて切った。
なんか喋ってたけど、今はどうでもいい。そんなことより真のことが気になってしかたない。
少しでも声が聞けたらそれだけで安心するのに、それさえもくれないし、ヒントさえも与えてくれない。
真が不機嫌な理由は俺にあるのはわかってるのに肝心な原因がわからない。
ちょっと前の俺なら“女はわかんねぇ”って言って放り投げてた。でも最近は考えるようになった。ちゃんと理解し合いたいと思うようになった。
意識しないとわからない真の小さな変化や表情に気付くようになってからだと思う。
だから今回も気付けた。気付けたけど、いつも気付くだけで原因がわからない。
俺に足りないのはなんなんだ、と毎度悩まされる。
また溜息を吐いて真の部屋のドアと向かい合い、聞いてるのか聞いてないのかわからない相手に向かって『いってきます』と言った。
下で待機してる車に近づくと運転席からアヤが勢いよく飛びだしてきて状況説明を迫られた。けど、めんどくさいから無視して車のドアを開けて後部座席に座った。
車が走り出しても溜息ばかりの俺にイライラしてんのか、よっぽど真のことが気になんのか、始終「なんで真ちゃん怒ってんの?!」と色々聞いてきた。
「アヤには関係ないだろ」
「真ちゃん怒ってたじゃん」
「・・・」
「俺のせい?」
そうだ、と言ってやりたかったけど、結局事を招いたのは俺自身にあるわけだから、「違う」と言っておいた。