以心伝心【完】
今は拗ねたときの顔“顎にシワを作ったまま、頭をかく”の仕草をしている。
「ごめんってば。だから、拗ねんな」
「謝ってんのか、喧嘩売ってんのか、どっちかにしろよ」
そういって互いに笑いあう。
最初はあんなに嫌だったのに、なんで3年半も一緒にいるかっていうのは言葉にすると難しいけど、多分楽しいから。
こんな空気が落ち着くからだと思う。
「なに?急に箸置いて。マズくてもういらんてか?」
「違うっての・・・なんか前にもこういうのやったな」
「そういや、ね。デジャヴ?」
私達がようやく共同生活を始めた頃に圭一と私が同じく朝食時に喧嘩したあと、圭一が改めて話したことがあった。
“これから共同生活していくけど、お前とは絶対恋仲にならない自信があるし、魅力も感じない。この先長いだろうから、この決意だけは絶対揺るがないと思う。というか、揺るがせない。でも、少しは感謝してるから。まあ、これからもよろしく”
腹立つ単語をずらずらと並べた言葉だらけだった。
「よく守ってんじゃん、宣誓」
「俺は球児かよ」
「そんくらいの宣誓やったと思うけど?」
「まぁ、確かに。で、お前は就職決まったの?」
「うん、昨日。圭一は?」
「明日わかる」
「そっかぁ。じゃあ、そろそろ共同生活の幕閉じやなぁ」
・・・なんでか自分から言っておきながら寂しいなって感情が横切った。
これといった大喧嘩もなかったし、男女だからって意識し合うこともなかった。ただ、話しているときも何も話さない沈黙のときもなぜだか心地よかった。
家に帰れば、圭一がいたり私がいた。
お互い帰ってくれば「おかえり」と「ただいま」を言い合える温かい存在だった。
私も圭一も就職が決まれば、きっとバイトばっかりして、卒業する頃には別々の家だって決まっているはず。
なんだかんだ言ったって、どんなに仲の良い友達よりも絆は強い。と、私は思ってる。
どんなに絆が深くても別れは来るもの。
特に私たちは。
その別れまでの期間が有限だっただけ。
“寂しい”と思うのはきっとお互い様だけど、“これから”を考えて見ていくにはお互いの意志が必要。
「あのさ、卒業してもさ」
「なに?」
「や、いいや。いや、よくないけど」
あぁ、うん。
たぶん、これだ。私たちがこの3年半も一緒にいれた理由。そして、この言葉の続き。言葉にしなくてもわかる。
以心伝心みたい。
今更なんかじゃない。お互いずっと想ってた。そのことを意識してなくて、気付かなかっただけ。
タイムリミットを迎えた私たちは、今この瞬間に自分の気持ちに気付く。だから、言葉なんていらない・・・だけど。
「は?なによ。はっきり言わなわからん」
「へ?!はっきり?!」
「じゃあ、もう知らん」
やっぱり言葉が欲しい。私からは言ってやらないけど。
それは私の変な意地。
最初は嫌っていたのに、最後の最後で愛しちゃうなんて。
私らしくないし、私じゃないみたい。
恥ずかしい気持ちでいっぱい。それと同じくらい、愛しい気持ちでいっぱい。
そんなの言葉にしたくないし、出来ない。