以心伝心【完】

「なに怒ってんの」
「・・・」
「無視するなよ」
「・・・」

また無言。こうなった歩はそんな簡単に口を割らないことはわかってる。ここからは歩が折れるまで押すしか方法はない。自分との根競べだ。

「歩」
「別に、文也には関係ない」
「関係なくないだろ」
「どうしてそう思うの」

“どうして”と聞かれると思ってなかったから一瞬言葉に詰まった。まさか、そう返されるとは。

“どうして?”
どうしてって、“気になるから”って言えば、「どうして気になるの」って聞かれそうで迂闊には言えない。

「文也はいつもそうよね」

俺が返事をする前に歩が話し始める。それも自嘲的な笑いを合図のように。

「文也はいつも誰かの顔を窺って、言葉も行動も一度考えてからじゃないとうつさない」
「なにを・・」
「いつも考えて行動するから、こうやって追及されたときに答えが出ないのよ。文也が答えたときには遅いの」

歩が何を言ってんのかわからない。俺のことを言ってるのはわかる。よく見てんなってこともわかる。でも、それで何が言いたいのか全然わからない。何が言いたいのか、その真相が掴めない。
それに気付いてるのか、歩は泣きそうな顔で俺を見てる。

昔からそうだ、歩のこの顔に俺は困惑する。
泣いてるのを慰めることは出来る。でも、なんとも言えないこの悲しそうな寂しそうな表情をするときの歩にはなんと声を掛けていいのかわからない。

「何年幼なじみをしてきても気付いてもらえないのは、あたしがそれ以上でもそれ以下でもないってことだからだね。あたしはね、」

一度言葉を止めて溜息を吐く。

「文也の本音を聞きたいだけなの」

ますますわからなくなってくる答え。
俺の本音が聞きたいってどういう意味だ?それは俺が歩に対して、恋愛対象になるかならないかの話なのか、今回の嘘についてなのかわからない。

「ごめん、何の話かわからね」
「だよね。あたしの気持ちに気付いてるなら、早く答えを出してほしいって言ってるの」
「・・・」
「それ以上でもそれ以下でもないなら優しくしてほしくないって言ったの」
「・・・」
「あたしだってキツイのよ、このままは。気安く“俺の彼女”なんて言葉使わないで」
「・・・」
「あたしをそれ以上に見れないなら、今まで通りに接してよ!!」

泣き出す歩に声を掛けられなくて、一歩近づくたびに後退する。手を伸ばせば払われる。
俺が知ってる歩の泣き方とはまた違って、声を殺すような、涙が流れてるのに必死に止めようとする仕草が見えて、知らない歩に戸惑いしか出てこない。

「あたしの表情ばっかり見て、傷つけないようにしてたつもり?それで何も変わらないようにしてたつもり?」

嗚咽を必死に堪えて、話す言葉が重い。
いつだって傍にいたのは歩だったから必死に頑張ってたつもりだったけど、全部バレてたんだ。歩は俺を全て見透かして頑張ってたんだ。それなのに俺は歩の何を見てきたんだろう。

「嘘を吐いてまで来ないで。嫌なら拒否して。服だって、いらないなら突き放すんじゃなくてちゃんと断って。あたしのすることを受け入れるのは、あたしにとっては期待にしかならない。あたしが勝手に募らせた想いだけど、それも気付いてるなら尚更。あたしはこの関係を壊す覚悟もあるの」

「歩」
「なに」
「あの」

あのって言ってから何を言うつもりだったのか考えた。何を言うつもりだったんだ?「泣くなよ」とでも言うつもりだったのかもしれない。
無意識の行動だけど、それに気付いてよかった。俺のことで泣いてる事自体を他人事にするところだった。

目の前にいる歩はメイクが崩れないように目元だけを指で拭っては止まらない涙を溢れさせてる。俺はカバンに入ってるタオルを取り出して歩に差し出した。一瞬躊躇して、ゆっくりと手を伸ばし、それをそのまま目元に当てた。

タオルを当てたことで、少し気が緩んだのか、我慢していたんだろう嗚咽が聞こえる。
こんな泣き方する奴だったか?と思った。俺が知ってる歩はこんなに声を堪えて泣くようなことはなかった。

タオルを目にあてて泣くようなこともなかった。肩を震わせて泣くようなこともなかった。どっちかって言うと、声を上げて感情的に泣くことが多かった。
本当に人間らしい人間だと思ってた。
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