以心伝心【完】

「歩?」

背が低い方の俺より小さい歩の目線を合わせるように屈むと目が合った。目が合うとふと微笑む。
その顔に不覚にもドキリとした俺は避けるように体勢を戻した。

あの体勢は距離が近すぎる。少しでも顔を突き出せば触れることさえ出来る。自分の行動の迂闊さに呆れ恥ずかしくて慌てて視線を外した。
ギュッと服の袖を引かれて視線を戻すと歩は俯いてた。

「独り言なんだけど」

そう前置きして袖を掴んでいた手を離した。
大きく息を吐いて、数秒の沈黙。何を言われるのかわからない俺の鼓動が少し速くなった気がした。

「独り言なんだけど、昨日のアレ忘れてね」

それだけ言うと目を合わすことも返事を聞くこともせず消えていった。俺は呆気に取られて歩の背中に「あぁ」と聞こえないのに返事をした。

講義が始まってるのに何も入ってこない。隣の圭ちゃんが名前を呼んでることにも気付かないほどだ。
俺は相当おかしい。だって、さっきから歩の言葉が何度もリピートされて、それに胸を痛める俺がいる。

「どうせ後藤のこと考えてたんだろ?」

講義のあと、次の授業も同じ圭ちゃんが移動中に笑いながら言うもんだから変にドキリとした。そんなに顔に出てたのかと思わず顔を背けた。

「当たってんのか」

そのセリフでカマ掛けられたことに気付いた俺は図星で顔を元に戻せなくなった。

「前見て歩けよ」

んなこたわかってるよ!と言ってやりたいけど、笑いを堪えてるあたり完全に遊ばれてる俺は無言で前を向いた。
真ちゃんが鋭いとか言ってるけど、圭ちゃんだって鋭い。だからバカップルで揃うあの空気が嫌いなんだ。なんていうか、見透かすような目線が怖い。

「どうせ、どっちかなんだ」

何を言ってんのかわからなくて顔を向けたけど、圭ちゃんは前を向いたままで圭ちゃんみたいに表情からは言いたいことを読み取れない。

「傷付けたとしても、お前のせいではあるけど、それは悪いことじゃない」

そこまで聞いて、やっとわかった。

「決めるのはお前自身で、アイツは他の女とは違う」
「・・・わかってるよ。ちゃんと答え出すよ」

情に駆られて曖昧で中途半端な答えを出さないよう釘を刺した。
本当、友達思いっていうか、お節介っていうか、頼りになる男で真ちゃんが羨ましい。俺が女でも間違いなく圭ちゃんに惚れてる。

元遊び人なのに彼女にイエスマンで、友達より彼女優先で、見た目通りわかりにくいけど、一番温かい男だと思うのは圭ちゃんだけ。
そうやって無表情で話すとこも、主語全部抜くとこも、最後まで言わないとこも、圭ちゃんらしくて笑える。

「前見て歩けよ」

俯いてニヤついてたのを隠してたら、また言われた。
感謝してるから、お前見て笑ってんだよ!とは言わないけど、それが照れ隠しってのも俺はわかってる。

「なにニヤついてんだよ。気持ち悪いぞ」

・・・意志の疎通が出来てなくてもだ。

とりあえず、突然ではなくとも言葉にされては歩の言うようには出来ない。あんなこと言われて忘れることなんて出来るわけがない。

正直、無かったことに出来るなら無かったことにしたい。今の関係が壊れるなんて、子供の俺らに想像出来るはずがない。傍にいるのが当然で、兄妹のように育ってきたんだから。
それでも昨日には無かった感情が自分の中にあることに気付いてしまった。
それを言葉に出来るほど明確ではないから、少しの時間は自分の心と向き合ってみようと思う。長引かせる事で歩がさらにキツくなることだって俺にもわかるから。

「“幼なじみ”ってのも、良いことばかりじゃないんだな」

苦笑する圭ちゃんの横顔を見て、最後までは格好つかないんだな、と凡人な部分を見て、少し気持ちが軽くなった気がした。



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