以心伝心【完】
ほんの数時間の睡眠で目を開け、起き上がろうとした時には腰が立たず、会社を休まざるを得んかった。
「今日はじっとしてな」
起き上がれんあたしの頭を撫でて満足げに出勤した圭一。あの笑顔からして、こうなることをわかっててやったに違いない。
おかげで欠勤を伝える電話をするはめになった。今まで皆勤やったこともあって、すんなり休ませてもらえたけども。
「動けん」
これが一番キツイ。
昨日の夜から解放してもらえんかったから、昨日の夕飯も今日の朝食も食べてへん。起きあがって動けるなら何か作ろうって思うけど、腰が痛くて体を起こすのもキツイ。
「圭一のあほ、ボケ」
本人がいてないから言えるだけの文句を吐く。
敦紀に会ったことが圭一の耳に入ったのは絶対ごっちゃんが原因。ごっちゃんがアヤちゃんに言ったからで、これはごっちゃんに文句を言わんと気が済まん。
携帯を開いて時間を確認する。アパレル関係の仕事をしてるごっちゃんが出勤するにはまだ早い時間。迷わずリダイヤルから呼び出して、コールの鳴る携帯を耳に当てた。
《・・・はい》
「おはよう」
《真?おはよー。こんな朝からどうしたの?》
「どうしたの?とちゃうやん。アヤちゃんに言うたやろ?」
挨拶してすぐ、まくし立てるあたしに《朝から怒らないでよー》と布団から起き上がる音がした。
《確かに文也に言ったのは、あたし。でも文也は圭一くんには言ってない》
「じゃあ、ごっちゃんが?」
《あたしも言ってない》
全然わからん。ごっちゃんの言ってる意味がわからん。じゃあ、その情報はどっから圭一に回ったんやろうか。
《あたしは言ってないけど、聞いてたのは圭一くん》
ごっちゃんの言うてる意味がわからんくて、黙って聞いてた。
《すんごい形相で肩掴まれるから一瞬マジでビビった。あたし、脅されたのよー?》
回りくどい言い方で結論を保留されてイライラするあたしは小さく舌打ちした。
なにイライラしてんの、と言うごっちゃんは相変わらずマイペースで、あたしがイライラしてることに気付いてても結論を延ばそうとする。
「圭一が聞いてたって、どういうこと?」
耐え切れずに聞くと、《あぁ、そうね》と忘れてたような返事が返ってきた。
《昨日、文也と時間が一緒になって駅の近く歩いてた時にその話してたのよ。じゃあ、いきなり背後から肩掴まれて脅されて、真の元カレに会ったこと話しちゃったの》
あたしの言い方が悪かったのかも、と反省した声を出したけど、何をどう圭一に伝えて昨夜みたいになったんやろう。
面白半分で言ったことやろうけど、あたしはこの始末。圭一に脅されて喋ったごっちゃんの言葉であたしは翌朝足腰立たんくなって、このザマ。この怒りを一体誰にぶつけたらいいんかわからへん。
もう考えるのも億劫になって「朝からごめん」と電話を切った。
考えたところで無駄。圭一の感情はあたしに全てぶつけられた後の話。今朝は満足そうやったし、帰ってきて夕飯が並んでたら更に喜ぶやろう。
せっかくの休みやし、昼寝でもして休暇を満喫しよう、そう思った。
「寝る前にシャワー浴びたい」
メイクも昨日のままで顔が気持ち悪い。
カーテンが閉めきっているのを確認して、家に一人ってことで何も纏わず服を抱えて壁を蔦って身体を支えながらバスルームに移動する。
「うーわ」
洗面台の鏡の前に立つと、鏡に映る自分の身体を見て溜息が出る。
「付けすぎやろ」
首筋から胸元にかけて無数のキスマーク。首筋は髪に隠れる位置に薄く付いてるけど、鎖骨から下、肋骨の下辺りまで散らばってる。
『数が多ければ多いほど、俺の独占欲は強いってこと』
以前、そんなことを言ってたような気がする。
圭一が付けるキスマークの数は圭一の独占欲の証。つまり、そんなけあたしの過去に、元カレの敦紀に嫉妬したってこと。
「8年も前の話やのに」
圭一にそんな年数は関係ない。あたしが面白半分で圭一に付けるキスマークとは話が違う。圭一はこれを数多く、濃く、あたしに付ける事で“自分のモノ”やって主張してる。
あたしには圭一しかおらんし、他に見せる男もおらんねんから付けても一緒やのにって思うけど、圭一はそれでは納得せんらしい。
「とりあえず、風呂入ろ」
圭一と付き合い始めて慣れてきたこの状況に冷静になるのも早かった。