以心伝心【完】


~圭一side~







「またニヤついてんのかよ」

肩を叩いたのは同期の伊藤で帰宅前の俺をからかうのは近頃日課になっている。

「ニヤけてねぇし」
「いや、ニヤけてるから。それ以外にどう表現するんだよ」

その顔どうにかしろよ、と呆れたように言って、さっさと帰っていく。どうやらここ最近の俺の表情筋はひどく緩んでいるらしい。

大学を卒業して、社会人として働き始めて早2年。ようやく仕事にも慣れてきた。
彼女の真とは少し広くなった部屋で同棲を続けてる。
仕事から帰れば、ほぼ毎日真が迎えてくれる。玄関まで迎えに来てくれるような事はないけど、夕飯は出来てて、風呂も沸いてて、夜は一緒に晩酌も出来る。
毎日幸せで、ニヤけるのもわかってもらえるだろう。

同棲しているだけで、籍は入れてない。将来的には結婚して、子供もいて・・という未来図を俺は描いてるけど、真は考えてないと思う。気だけが前に進んでる状態。
現実的な話をすれば、一緒に住んでる期間が長いだけで、付き合い始めて二年くらい。新婚みたいな空気を醸し出してるのは俺だけで、いつだって冷静なのは真の方だ。

会社を出て、携帯をチェックすると、冷静な真から不可解なメールが入っていた。

「どうした?」

携帯を見つめたままの俺に伊藤が問い掛ける。

「いや、何でもなくはないけど、お前には関係ない」

そう返事すると、「んなことわかってんだよ」とキレられた。伊藤が怒るのもわかる。俺だって伊藤に同じこと言われたら同じように言うと思う。
それにしても、真らしくない。普段のメールでも絵文字を使わないから対した事ではない。でも『なるべく早く帰ってきて下さい』なんて敬語で送ってくるのは初めてだ。

今は思い出したくもないけど、互いに毛嫌いしていた時だって敬語はなかった。それに、“遅くならないようにね”とメールはあっても“早く帰ってきて”なんてメールは今までに一度もなかった。
喜びたい気持ちは山々だけど、やっぱり真らしくないメールに違和感しかない俺は待ってくれてた伊藤を放ってタクシーを拾う。伊藤は首を傾げるけど、空気の読める奴で「じゃあな」と言って帰っていった。俺は片手を上げて挨拶を返し、タクシーに乗り込んだ。

嫌な予感がする―――というか、嫌な予感しかしない。
それは確実に最近現れた真の元カレの敦紀とかいう胸糞悪い男が関わってるような気がしてならない。こういう悪い勘に限って当たったりするから嫌なんだ。

全く見えなかった真の過去の男が付き合い始めて現れるようになった。
そういう事を一切話さなかったからかもしれないけど、別に付き合ったからって、ご丁寧に直々に現れてくれる必要なんてない。俺には邪魔な過去の男であって、真が心変わりするはずないって信じてても不安要素にしかならない。

家が近付くにつれて焦る気持ちも強くなる。
赤信号一つにイライラして、あれ以降ない真からのメールを気にして携帯を開けたり閉じたりしている。
運転手が落ち着きのない俺をルームミラー越しに怪訝そうに見ていて、更に苛立ちが増した。
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