以心伝心【完】
運賃も乱暴に払い、一気に部屋まで駆け登る。真がいるから鍵は出さなかった。
少し息を整えてからガチャリ、とドアを開ける。
「……か……?」
「も……か………てよ」
中からは真の声と、もう一人男の声が聞こえる。言い争ってる感じではなくて、笑い声も聞こえる。それがテレビなのか、男なのかはわからないけど、真ではないことはわかった。
「お!おかえりー」
リビングに続くドアを開けるとソファーに深々と座った男が片手を上げて俺を迎えた。向かい合うようにフローリングに座る真はスーツ姿のまま正座で俯いていた。
俺の嫌な予感は当たっていた、という事になるんだろう。
とりあえず、真の腕を掴んで立ち上がらせると男を一睨みして寝室に移動する。引っ張られるままの真はまだ俯いたまま。
「ただいま」
「・・・おかえり」
いつもの挨拶を交わして、鞄を置いて、自分を落ち着かせるように深く息を吐いた。アイツがいるこの部屋で感情を乱すわけにはいかない。
「いつからいるの?」
「1時間半くらい前から」
「一応聞くけど、アレが“敦紀”だよね?」
真は俯いたままの頭を更に深く下げるように頷く。
「なんでここを知ってるの?」
キュッと握った手。真がこうするのは悔しがる時と何かを我慢するとき。それだけで真が招いたんじゃないって事がわかる。でも、ちゃんと言葉で聞かないと何があってこうなったのか分からない。
「アイツを家にあげることになったのは、どうして?」
出来るだけ優しく聞きたいけど、どう聞けばいいのかわからなくて、どうしても咎めるような言い方になってしまう。
「疑ったりしない。俺は真を信じてる。でも状況を説明してくれないとアイツに何も言えないから」
落ち着かせるように抱きしめると真の手も背中に回ってくる。キュッとスーツを握るとポツリポツリ話しはじめた。
「ごっちゃんとお茶飲んだ帰りに前を歩く敦紀をごっちゃんが見つけた。声掛けてないけど、ごっちゃんがデッカイ声で喋るから見つかった」
また後藤か、と言いたくなるのを抑える。アイツが絡むとロクな事がない。俺が“敦紀”の存在を知ったのも、たまたま前を歩いてた後藤とアヤの話を聞いたからだ。それで?と続きを促すと少しの無言。
「・・・ごっちゃんが帰ってからも、ずっと付いてきてて、撒こうと思ったけど早く離れたくて、家の鍵開けたら、あたしよりも先に入られて、すぐ圭一にメールした」
「それで?」
「帰ってって言うても、勝手にコーヒー飲むし、テレビ見るし・・・ごめんなさい」
だんだん声が小さくなって、“ごめんなさい”と一言。
反省なんだろう態度に思わず笑える。こんなしおらしい真は稀だし、別に怒ってないのに必死にシャツ掴んじゃってる所とかが可愛い。
普段見れないから、という邪(よこしま)な理由で怒ってる事にしようと決めた。俺を心配させた罰だと思えば軽いもんだろう。
「そっか」
出来る限り素っ気なく言う。それでもにやける口元は締めきれなくて真の頭を胸に押し付けた。
しっかりしろ、俺!と自分に葛を入れて、真から離れる。
「圭一」
「ん?」
真が眉を下げて上目遣いで名前を呼んでくれる。変態かよ、て言われそうだけど、そんな事がいちいち嬉しい俺。にやけそうになる顔を必死で険しくさせて、「なに?」と言う声も低くさせる。本当ならガバッと抱きしめたい所だけど、今は我慢だ。
真は俺のシャツを小さく掴んだまま俯いた。本気で怒ってると思ってるんだろう。なかなか俺も名役者だ。