以心伝心【完】
あー、もう可愛い。可愛すぎる。可愛すぎて、やばい。何がやばいって、そりゃあ。
「おーい。客ほったらかしで二人でいちゃついてんちゃうやろなー?」
寝室のドア越しにアイツの茶化したセリフ。
絶対空気読めないバカだ。可愛すぎる真に対して煩悶してるこんな時に茶化すなんてリアルに笑えないだろうが。
真だってびっくりして離れ・・てない?まだ俯いたままだ。人前でいちゃついたりすることを一番嫌う真がまだ俺の服を掴んだまま俯いてる。
反省してんのか、アイツに会いたくないのか、相当俺が怒ってると思ってるんだろう。
「どうした?」
真は何も言わず、俺に抱き着く。ギュッと力が入って、俺も真の背中に腕を回した。
「中に入れたあたしが言う事じゃないかもしれんけど」
「ん?」
「早く、帰してほしい」
「うん」
「このままやったら夕飯まで食べて帰りそうな勢い」
「それは困るな」
「圭一」
「ん?」
「ごめん」
さらに強く抱き着かれて完全に顔が緩む。
そこまで言われちゃったら怒るつもりないけど、怒るに怒れない。そもそも、これくらいで真に対する気持ちが減るような軽い気持ちじゃないから、どうって事ない。
伊藤にも言われたけど、本気で惚れてるから真の元カレが何人出てこようとも真が傍にいれば、確かに嫉妬はするけど、辛くもなんともない。一度くらいの浮気なら許しちゃうんじゃないかって思うくらい惚れてる。
「じゃあ、アイツが帰ったあとに謝罪と感謝の気持ちを込めて俺を慰めてよね」
そう言うと眉間にシワを寄せるから、ん?と笑いかけると「わかったよ」と納得しないというように投げやりに了承した。
目一杯可愛がらせてもらおう!と胸を踊らせて寝室のドアを開け、アイツの待つリビングに向かった。
「俺をどんなけ待たせんねんな~待ちくたびれたがな~」
リビングに戻ると第一声がこれ。
ハンガーにちゃんとかけられたスーツの上着に緩めたネクタイ。人ん家のソファーに深々と腰掛けて、脚もでかく開いたまま。
確かに真の元カレだから知らない相手ではないけど、他人の家にお邪魔してる態度ではない。
「あ、自己紹介がまだやな!はじめまして、真の友達の稲葉敦紀です。よろしく」
右手を差し出して握手を求めてる。
「どうも。真の元カレだってね」
「なんや知ってたんか。まさかもう結婚間近?隠し事とか一切ないってヤツ?」
すごいな~、と腕を組んで俺らを交互に見る。
その態度と今の発言にイラッとする。今の発言は世の中の恋人達に失礼だ。全ての恋人達に秘密事は当然だと言ってるようなもんだ。
こんな男が真の元カレだなんて信じられない。こんな最低な男に嫉妬する自分に呆れもする。
「敦紀、もう帰ったら」
俺の背後から真が言う。背後にいるからどんな顔をして言ってるのかわからないけど、はっきりと確実に聞こえる声量で言う。
“帰って”じゃなくて、“帰ったら”と言うあたり、昔の思い出が胸に残ってるんだろう。
一度でも好きだった男に突き放すような言い方は出来ないのかもしれない。
「え~、もうちょいええやん。彼氏もおることやし、さっきよりは安心やろ?」
ニコニコ笑ってるけど、かなり強引なヤツ。
真のことだから強引に押されると断れなかったんだろう。真の弱みを上手く利用してる。それを利用できるのはやっぱり真をよく知る男だけある。
考えれば考えるほど、この男がなぜ家に上がりこんだのか、どうしてこうなったのかわからない。この男の意図がわからない。
「なぁ、二人はいつから付き合ってんの?」
「あんたには関係ないやろ」
「そうゆうなや、真。ただのナリソメ聞くだけやん」
「聞いてどうすんの」
「俺、興味あんねんもん」
「なにを」
「真、ストップ」
この男の質問に真が答える。
その様子を見てたけど、余裕かまして聞いてくる男に真は前に乗り出して返事を返す。その様子を見ながら笑う男。
コイツは真の反応を見て楽しんでる。こうして真が男の真意に気付かず、素直に反応してるとコイツが楽しいだけ。俺の前に立って反論しようとする真を止めた。
今は俺の女だ。何年も前の男に好き勝手されるほど大人しくないし、黙って見てるわけがない。
真を引き寄せて腰を支える。一瞬、思いっきり睨まれたけど、視線を下げて大人しくされるがままになる。
「なんやねん、見せ付けるなよ!俺、むっちゃ恥ずかしいやん」
「で、俺らに何か用?」
急に話し始めた俺をキョトンとした目で見ると、屈託ない笑顔で笑う。
「だから、再会のお祝いやん」
「勝手に家に上がることが?」
「あ~、確かに勝手に家に上がったけど!でも相手は真やしな?」
「相手が真でも常識で考えればわかるだろ」
「ほな、俺んちでもええってこと?」
コイツと話してると頭が痛くなる。
ああ言えば、こう言う。まさにそれだ。何を言ってんのかも理解できそうにない。
俺の腕の中にいる真も溜息を吐いた。
「そういう問題じゃないだろ」
「そう?真が綺麗になったから、ついな」
イライラする。かなりイライラする。コイツの全てにイライラする。
さっきから話してんのは、この俺。この俺と話してんのにコイツの視線はずっと真を見てる。
真のごくわずかな反応に頬を緩めるコイツにイライラする。
真自身はずっと俯いたまま。俺が抱きしめてようと、視線が合わなかろうと、全く気にすることなく、ただ真だけを見てる。それに俺には言えそうにないセリフまでサラリと言ってしまう。
イライラする。
コイツにも、コイツに振り回される俺自身にも。
「ほんまに綺麗になったな。高校の時も綺麗やったけど」
イライラする。俺の知らない高校時代を出されて、俺の知らない過去に嫉妬する。
俺にはわからない真とコイツの過去がある。過去なんて気にしてたらキリがないのはわかってるけど、こうやって目の当たりにするとキツイ。
真の腰をさらにキツく引き寄せると真が顔を上げて俺の顔を覗き込む。心配そうな顔が視界に入る。
今はその表情すらも辛い。俺の知らない世界の話をされて、俺だけが取り残されて、俺が割り込む隙間もない。
“今”はどうあがいても“過去”に入り込むことはできない。
「なぁ、真」
突然、呼ばれた名前に真が反応する。俺を見ていた視線を男に向ける。その一連にすら嫉妬する。
真が見ているのは俺だけでいい、そう思う気持ちが心を黒く侵食させる。今すぐコイツの視界に入らないところへ連れて行きたいくらい。
「もう一回、俺の所に戻ってけぇへんか?」
男は今まで一番優しい顔をした。その表情で真に問う。でも、「はぁ?」と間髪入れずに返事をした真の声色は呆れた声だった。
「ははっ」
「なに笑ろてんねん」
「いや、真らしいなと思って」
俺の言葉と笑いに男は怪訝そうに顔をしかめる。真は「どうゆうことよ!」って怒る。
それが真らしいって言ってるんだ。怒ったり、笑ったり、泣いたり、いつでも自分の感情に素直にいられるところ。
そんな真に惚れたんだ、俺は。
「悪いけど、それは俺が許さない」
真の腰に回していた手を肩に移して、抱きしめる。小声で「ちょっと!」と焦った声を出す真を無視して俺は強く抱きしめた。
真の心臓がバクバクしてる。きっと顔を真っ赤にしてるんだろう。もちろん、男には見られないように背を向けさせてる。
この表情を見ていいのは俺だけだ。
「なんやねんな。彼氏、真にベタ惚れか!確かに真ならわかるわ」
「お前にわかってたまるか」
俺の言葉に男は止まる。目を開いて、眉間にシワを寄せる。
「お前に真の何がわかんねん」
「少なくともお前よりは理解してる」
男はグッと拳を握って、俺を睨む。
「真は俺のだ。遊びたいだけなら他の女をあたれ」