以心伝心【完】

「今年の秋に出産予定なんだって」

月に一回、真と圭一くんの家に集まってご飯を食べる会で散々飲み食いしたあとの車の中で、助手席に座る文也に話し掛けた。

前回までは朝方まで居座ってたけど、真に子供が出来たから体調を気遣い、それでも3時までいた。真は「あたしは寝るけど圭一おるし」と引き止めてくれたけど、うるさいと寝れないだろうから、とお開きにした。

見てわかるほど大きくなってはいないけど、圭一くんの気遣いを、圭一くんが真に向ける視線を見ていたら、なんだか邪魔者になったような気がして、断った。

「子供、か」

文也は多少アルコールが入ってるけど酔うまでには至らず、片肘を窓の縁に乗せて呟いた。

「俺には考えられないな」

そう言うと目を閉じて、短く息を吐く。私はそれを横目で見ていた。

何を考えて、何を感じていたのかはわからない。わからないけど、胸がチクリとした。
傷付いた、という言い方は違う。チクリとしたのは私の勝手な心で、その言葉で本当に望みがないのかもしれないと思わされた。

昔から子供が苦手な文也は「真に子供が出来たかもしれない」と話した時も「大変そうだな」と喜ぶような事はせず悲観的な言葉しか言わなかった。

「幸せそうだったね」
「真ちゃん?」
「ううん、圭一くん」

そう言うと、「そりゃそうだろ」と笑う。

「なんで?」
「だって、これで真ちゃんは生涯圭ちゃんのモノになったし」

笑いながら言う文也は「圭ちゃんズ・ドリームだよ」と言い、説明し始めた。

「圭ちゃんは真ちゃんが好き」
「うん」
「圭ちゃんは真ちゃんを愛してる」
「うん」
「真ちゃん可愛いからね」
「・・それだけじゃないでしょう」
「もちろん。圭ちゃんは真ちゃんが大好きだから手放したくないんだ」
「うん」
「だから同棲も続けた」
「ねぇ、もっと簡潔に言えない?」

理屈好きな文也だから言いたいことはわかる。わかるけど、理由なんて4年以上も傍で二人を見てきているんだから、そんなのどうでもいい。
文也は遮られた言葉を続けることなく、「つまり」と一息置いて、

「その為の意図的な策略だよ」

そう言った。

私の求めていた答えとは遠く掛け離れていて、意味がわからず首を傾げると溜息を吐いた。

「子供が出来たのは偶然で、もしかしたら必然だったのかもしれない。でも真ちゃんを完全に自分のモノにしたい圭ちゃんにとっては願ったり叶ったりな話なんだよ」

つまり、圭一くんが喜ぶのは子供が出来た事へじゃなく、真が自分のモノになったから喜んでる、と。
圭一くんの夢は一石二鳥で叶えられた、ということなんだろう。全くわかりにくい説明で咀嚼するのに時間が掛かる。

「結婚式は出来ないって言ってた」
「なんで?」
「出産費用もままならないのに結婚式費用も貯めるなんて破産するって言ってた」

圭一くんは式を挙げさせてやりたいって言ってたみたいだけど、真は式に興味ないみたいで、圭一くんが頭を抱えてた。
男女逆転したような夫婦に笑える。これでこそ、あたしの友人夫婦だと誇らしくも思えた。


「なぁ」
「んー?」

思い出して口元を緩めていたけど、文也の声でキュッと口元だけ締めた。緩んだままの目は戻らなかったけど。

「どうしたの?」

文也は声を掛けたきり話さない。隣を見ると窓の外を見たままで、続きを話そうとする気配もない。外のライトで窓ガラスに移る文也の顔を見たけど、無表情だった。
もしかしたら無意識に言っただけなのかもしれないと思い、運転に集中する。
無言の車内。音楽はかけていないからエンジン音だけが響く。いつもはそんなこと気にしないのに、話し掛けられた事で気まずさを感じる。

チューナーを回してFMに合わせる。いつも聞く洋楽が流れるチャンネルではR&Bが流れてた。
“好きな彼が恋人にフラれて、友人の私に電話を掛けてきた。諦めようとしていた恋心を揺さぶられる”という曲。
切なく甘いメロディー。大好きな曲で思わず口ずさみそうになって、隣に文也がいることに気付いてやめた。

私の頭はその曲でいっぱいになっていて、再度「なぁ」と私を呼んでいたことに気付かなかった。

「歩」
「へ!?」

名前を呼ばれた事にびっくりして返事した声が裏返る。文也の言葉で聞かない自分の名前にドキドキする。友達といる時は呼んでくれても二人の時は呼んでくれないから本気で驚いた。

「声、裏返ってんぞ」
「びっくりして、ちょっと」

俺の呼びかけに気付かないなんて珍しい、と笑う文也の横顔。
思わず見とれて、前の車にぶつけそうになった。焦った文也が「前見て運転しろよ!」と呆れたような、からかうように言う。

「ごめん」
「俺が運転する時は俺がお前守らなきゃいけないけど、お前が運転する時はお前が俺を守らなきゃダメだろ」

真剣に説教を始める文也の言葉は一々紛らわしい。気を付けろ、って一言言えばいいのに、守り守られって、そんな遠回しに言わなくていいと思う。
文也がそうやって何かと回りくどく言うから、バカなあたしはその言葉を深読みして浮き沈みしてしまう。
どうしてもっと簡単に言えないのかな、と首を傾げてしまう。

その点においては単純明快な圭一くんが羨ましい。というか単純明快でいかないと成り立たないんだろう。文也みたいに回りくどいと放り投げて放置するのが彼の奥さんだ。

「で、どうしたの?」

逸脱した空気を戻すように文也に尋ねると、「あー・・・」と言いにくそうに視線を外に向けた。
手の甲を口元を隠すようにあて、小さく息を吐いた。

「お前もさ、結婚とか考えたりすんの?」

突然何を言い出すのかと思えば。

「どうしたの?」
「別に。でも俺らも今年25じゃん。圭ちゃん達だって結婚して子供だっているし。お前も考えてんのかと思って」
「まぁ、考えないことはないけど」

冷静に答えたけど、本当は「考えないわけないでしょ?!」と言いたい。

「でも、それより相手見つけなきゃ」

でも下手に笑えば、いろんな感情がバレてしまいそうで真剣に答えてしまう。
本来のあたしなら冗談混じりに笑いながら言えることも文也を前にしたら、それすらも振る舞えないくらいガチガチになってる。気付かれないように細心の注意を払って、文也の迷惑にならないように気をつけてる。
その裏では泣きたくなる感情を必死で抑えて堪えてる。
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