以心伝心【完】

ぶつけてしまいたい感情も、消えることない想いも、どうしようもない寂しさも、今はコップに目一杯ギリギリの位置で溢れず止まってるけれど、点滴のように一滴ずつ落ちていく感情はいつ溢れ出してしまうか、わからない。
もし、触れてこぼれ落ちるような事があれば、自分では止められないと思う。

「好きな男は?」
「今はいないね」

拍車を掛ける文也の無意識な行動。素っ気なく答える事が精一杯だ。

「何年も男いないのって珍しいよな」
「そう?落ち着いたのかも」
「どういうこと?」
「探してる」
「探してる?」
「そう。あたしを一番理解してくれる人を探してるの」

これは文也に対しての挑発と戦線離脱宣言。
“文也以上の男を探してやる”という表明と“文也を諦める”という告白。

数日前、二人の家に一人でお邪魔したとき、二人に「文也のことは諦める」と伝えた。二人とも「そっか」としか言わなかった。
真も圭一くんもすっきりしない表情だったけど、あたしが決めた事だから、それ以上は何も言わなかった。
圭一くんに聞けば文也の気持ちを教えてくれたかもしれない。圭一くんになら何でも話すから、頼めば今の文也の気持ちを聞いてもらうことだって出来たかもしれない。でもそうしなかったのは、怖かったから。

この長年積み重ねてきた“幼なじみ”という関係を壊すのが怖い―――というのは言い訳で、もう一度告白して、フラれるのが怖かった。
一度目は戻れても、二度目は戻れない。文也があたしを見る目を変えてしまいそうな気がした。

二分の一の確率で恋人になれるかなれないかを賭けるのと、変わらず幼なじみのままでいることを天秤にかけたら、迷わず後者を私は選んだ。
所詮私の想いというのは、文也を好きな気持ちより今の関係を守ってしまう程度のものなんだと思う。

今まで好きになった男の人達より断然強い想いがあると感じていたのは、“幼なじみ”という特別な関係に縛られていたからだと思う。そうでないと、この気持ちに説明がつかない。

ちらりと横目で文也を見れば、何を考えているのか、無表情のまま前を見ていた。
何気なく聞いた質問なんだろうと思う。でも、少しでも反応があるかも、と期待した自分に嫌気がさす。少しでも望みがあるかも、と思った自分に呆れる。
どんなに期待して浮上したって最後には一気に落とされる。それをわかっていて期待するあたしはどうしようもない。

この空気から解放されたい一心でアクセルを踏む。こういう時ほど点滅から通常作動している信号に引っ掛かったりする。
家はすぐそこなのに辿り着かないのは、あたしの気持ちなのか、神様の悪戯なのか。敢えて言うなら、よくないことは更に続くものだ。

あたしと文也の家は向かい隣にある。住宅地で有りがちな典型的なもので、建売だから家の形もよく似てる。自分の家の駐車場に車を停めて、バッグを持ってドアに手をかける。

「文也?」

着けばすぐ車から降りる文也が今日は動かない。目を開けたまま寝てるのかと声を掛けたけど動かない。

「ちょっと、着いたよ」

ドアに掛けた手を離して文也の肩を揺する。すると、ゆっくりとこちらを向いた。無表情のままで、あたしと目を合わせた。

「どうしたの」

意図が掴めないあたしは怪訝に首を傾げる。
夜中というか早朝だから眠いのはわかる。わかるけど、眠いからといって車から降りてもらえないのは困る。
家は目の前、降りて数歩歩けば着くんだから帰って寝ればいい。なのに、声を掛けても文也は動かない。

「とりあえず、降りて」
「なぁ」
「なに」
「俺のこと、もう諦めた?」

一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。一言置くから、何を改まって今更言われるのかと思えば、諦めたかどうかを聞かれるなんて。

「諦めたも何も最初から好きじゃない」

だから早く降りて、と文也を急かす。

「なぁ」
「・・・なに」

めんどくさそうにあたしが返事を返すと、ようやくこっちを向いた文也。その表情はあまり見ない真剣な顔だった。

「お前の事が気になる、て言ったら、どうする?」

その言葉に眩暈がした。
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