以心伝心【完】
「気になるって・・・」
「とりあえず」
あたしの言葉を遮って、車から降りた文也は運転席側に立つあたしの手を引いて、向かいにある自分の家に歩きだす。
「なに」
「ここじゃ声が響く」
そう言って、あたしの家の駐車場から移動した先は、数年ぶりに入る文也の部屋だった。
「久しぶり」
小さい頃から入り浸っていたと言っても過言じゃなかったこの部屋。
あたしが文也に告白した日から不自然に入る事がなくなって、二年振りに入ったこの部屋は相変わらずで、所々に子供の頃に好きだったアニメのフィギュアが飾られている。
「まだ飾ってんの?」
写真立てを引き立てるように横に置かれたフィギュアは昔あたしがガチャガチャで取ったヤツ。あげたとき、すごく喜んでくれて、あたしまで嬉しくなった記憶がある。
「・・まだ飾ってんのね」
彼女を連れてくる時は伏せてんのかな、とか考える。
まだ中学生だったあたし達。心も体も、まだ未完成で幼かった。
頬をくっつけた写真。男女の性別なんて関係なくて、傍にいることが“当たり前”だった。
それがいつの間にか男女を意識するようになって、恋を知って、嫉妬を知って、未来を見るようになって、今では“家庭”を夢見るようになった。
「この頃が一番良かったのかも」
硝子の上から文也とあたしの頬が触れ合う部分を撫でる。今では冗談でも出来そうにない。
「2年前は、ごめんね」
写真に写る文也の笑顔を見てると無意識に出た。
やっぱり、あたしはこの頃の文也が好きだ。今みたいに人の顔色を窺って言葉を選んでる文也は嫌だ。
これが大人になった証だというのなら、そんな証いらない。例えそうだとしても、あたしに対してはそうであってほしくない。昔のままの素直でオープンな文也でいてほしい。
あたしに対して、そうなるようにしてしまったのは他でもないあたし自身。だから、それ以上望むのはやめる。
文也がありのままでいられない存在になるなら、このまま変わらずにいたい。すでに手遅れなら、必要最低限の範囲で会うように心掛ける。
一度好きになってしまった相手だから中学生の頃のようにはなれないけれど。
背後で、キン、というZippoの音がした。
聞き慣れたそれは以前あたしがプレゼントした安物なのに何年も飽きずに使ってくれている。
「これも」
振り返って文也を見ると、定位置であるベッドに座っている。
「これも、これも、・・・今着てくれてるその服も、手に持ってるZippoも」
写真、壁に掛かる絵、コルクボードに掛けられているネックレス、文也が着てるロンT、Zippoを順番に一つずつ指でさして、自分の目で確かめる。どれも全部、あたしが勝手に文也にあげたもの。
「それに縛られるなら、全部捨ててほしい」
「は?なに、」
「あたしのせいで自由になれないなら捨てて」
「おい」
「ほんとに、ごめんね」
文也が何を言おうとしてるのかわからないけど、全部遮って押し通した。
自分で言いながら気付いたけど、あたしが告白した時点で“幼なじみ”には戻ることは出来なかった。互いの距離が近すぎて、告白したことを無かったことに出来るはずがない。
他の人よりも大切で、他の男の人より特別な感情があるんだから他の人みたいに“無かったことにしてね。はい、わかりました。”って訳にはいかない。
冷静に考えればわかることなのに。“勢いは怖い”という意味がよくわかる。
文也は口を開けたままで、指に挟んだタバコの灰が下に落ちそうになったのをあたしが灰皿で受け取るまで動かなかった。
「なにやってんの」
いつもじゃありえない文也のヘマに笑うと「悪い」と苦笑した。