以心伝心【完】

初めて“好きかも?”と感じたのは、ルームシェアもそろそろ3年目に入る春だった。
大学では学部が違う俺と真は校内で会うことはほとんどない。ただ、帰りに夕飯の買い出しに行ったり、日用品で必要な買い物をするときは一緒に帰ったりすることがあった。

前日に決めてどちらか一方が買い物しろよ、と思うかもしれないけど、当番制に加えてお互い適当だから一人で行くとその日の夕飯がなかなか決まらない。というか、考えるのが面倒くさくなる。
でも二人で行けば目に付いた食品で何かしら閃くだろうとなり、こうなった。

その日も夕飯の買い物に行く約束をして、2時間早く終わった俺は真の授業が終わるのを待っていた。
自称読書家で一人が嫌いじゃない俺は常に講堂の影になっているベンチに座って小説を読んでいた。

春の風は日陰では涼しくて、少し滲む汗を乾かしてくれた。

「お、圭一。お前、こんなとこで何してんだ?」

静かに読書がしたくて、わざわざめったに人が現れないこの場所に来たのに、なぜ人が来るんだ?!とため息混じりに顔を上げると同じ学部の文也が立っていた。

「なんだ、アヤか。こんなとこに来るなんて珍しいじゃん」
「アヤじゃねえ、文也(フミヤ)だ。お前らのせいで俺は一気に笑いもんだよ」

この間の授業中、仲の良い友達4人で自分の昔のあだ名について話していたら、その中の一人が「文也ってアヤヤって読めんじゃん。可愛いし今日からアヤヤに決定!」と言われたのがキッカケ。

全員があ然としていると「文也の文はアヤって読むだろ?也はそのままにしたらアヤヤになる。お前可愛いしピッタリじゃん」と文也を抱きしめながら言ったことが近くにいた奴になぜかウケた。それ以来、文也のあだ名は“アヤちゃん”になっている。

「それはあいつに言えよ。でも人気上昇中でいいじゃないか」

そう言うと、よかねえ・・・と隣に腰掛けた。

「じゃないんだよ!こんなことを言いに来たんじゃない」

勢いよく立ち上がって、再び俺の前に立つ。

「なんだよ、騒々しい」
「お前とルームシェアしてる…マコトちゃんだっけ?」
「シンだよ。あいつが何?」
「シンって言うんだ!その子が図書室の近くのベンチで泣いてたんだよね。声かけたんだけど、ガン無視でどっかいっちゃって。あの子って今講義中のはずだよね?で、心配だから圭一探しちゃった」
「探しちゃった、じゃねえよ。てか、なんでお前が心配するんだよ」
「だって、真ちゃん可愛いし。俺、女の子好きだし」
「可愛い顔して最低だな」

読んでいた小説を閉じて、鞄へ戻すと目撃現場に足を向けた。
確かにアヤが言うとおり、本当なら真は今講義中で図書室の裏なんかにはいないはず。それに泣いているなんてありえない。ルームシェアをしている俺ですら真の泣き顔なんて一度も見たことがない。

「圭ちゃん、どこ行くの?」
「真、探しに行くんだよ」
「なんで?」
「は?そりゃ、」
「心配?彼氏でもないのに?」

そんなの関係ねえだろ?、と言いかけて思いとどまった。

俺は真の、なんだ?
ルームシェアをしているだけで、友達でもないし彼氏なんて本気でありえない。
いくら泣いた真を見たことがないからと言って心配する必要なんてないとは思うけど心配しないってのも人間的にどうかとも思う。しかし一度考え込んだ仕草をアヤに見せてしまっては引き返せない。

「そうだな。俺が行く理由なんてないな」
「心配じゃないの?」

アヤはため息を吐く俺の顔を覗き込む。

「心配するほどのことじゃねえだろ?」
「なら、俺が行っちゃお!」
「勝手にしろ」

そうは言ったけれど、なんだか胸がムカムカ、ゾワゾワ?グニグニ?とにかく、気持ち悪い。なんだか落ち着かない自分がいる。
走って真を探しに行ったアヤが無性に腹が立って、自分もあとを追いかけた。

俺は真を心配してんのか?どうしてアヤにムカついてんだ?どうしてこんなに走ってるんだ?

いろんなことを自問自答した。でも、答えは一切出てこない。今の自分の状況にうまく説明がつかない。
理由もなく、俺は真を探していた。
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