以心伝心【完】
夢の話をしよう
「圭一、今から言うこと驚かんと聞ける?」
一日の仕事が全部終わって、晩酌しながら唯一の夫婦の一時を送るこの時間。
隣に座る圭一の顔を覗き込んで、ニヤリと笑ってやる。
「なに、怖いな」
横目であたしを見た圭一は手に持っていたお酒を一口飲む。
「なぁ、驚かんと聞ける?」
「そんなの聞いてみないとわかんないじゃん。この歳で浮気した、とかマジで勘弁だから」
「そっちじゃないってば」
なんであたしが今更わざわざ浮気なんてすんのよ、と言うと「ならいい」と呟いた。
あれから何年経ったやろう?あれから何年経ったかなんか、わざわざ数えないからわからんけど、今も変わらず、あたしの隣には圭一がおって、圭一の隣にはあたしがおる。
特に何もなく、平和で幸せな毎日を送ってる。
昔は歳を重ねたら、互いに冷めてくんのかな?とか思ってたけど、全然そんなことなくて、今でも手繋いで歩くし、夜はこうして二人の時間を過ごしてる。今更ってわけじゃないけど、こうやって一緒にいる時間が“幸せ”やと感じられるのは圭一のおかげやってことを日々感謝してる。それに、一生傍におる人が圭一でよかったってことも。
「で、なんなの?」
「聞きたい?」
自分から言い出してもったいぶるの?と呆れたように言う。そんな圭一を見ても、今日のあたしは笑いしか出てこん。
「マジなんなの」
なかなか話さんあたしにどんどん眉間にシワを寄せる。
別にすぐに言うてもええんやけど、こうして焦らして焦らして・・って方が反応が面白くなると思って、面白いもん見たさで言い出せんだけ。
「真」
「驚かんといてよ?てか、叫ぶなよ?ちゃんと覚悟して聞いてや?」
痺れの切らしたところで念押しにもう一回忠告する。圭一は「何回も聞いた!」って、ちょっと怒ってる。
想像出来る圭一の反応にあたしは笑いを堪えることが出来んくて、そんなあたしにイライラする圭一にまた笑える。
「今日な、あの子が学校から帰ってきた時にすんごい勢いで「ママ!」って叫びながら突撃してくるから何事かと思って、どうしたん?って聞いたら、なんて言うたと思う?」
クスクス笑いながら話すあたしに圭一は怪訝そうにしながらも少し考えるしぐさをした。数秒目をつぶって考えてたけど、答えは出さずに「わかんない」と言う。
「あの子、好きな男の子が出来たんやって」
「はぁ?!」
予想通り、デッカイ声で反応してくれた圭一は信じたくないみたいで「本当にそう言ったの?!」と何回も聞き返してきた。
「ほんまに言うたよ。どんな子かもちゃんと聞いたもん」
「どんな男だよ!?」
小学一年生なんだから“男”と呼ぶには早すぎるやろうと思ったけど、圭一にはやっぱり一大事でその男の子に関しても詳しく聞いてきた。
「すっごい笑顔で言うんよ?“タイチくんは優しくて、カッコ良くて、いつも一緒に喋るの”って。でも、女の子みんなが好きになるようなモテ男らしい」
どんな子か見てみたいわー、と言うあたしの隣で圭一は無言。というか、無反応というか、ショック?で動きが止まってしまった。
先月まで「パパ大好き!」って言うてたのに「好きな男の子が出来た」って言われたのがショックなんやろう。
あたしは圭一の背中に手を回し、肩に頭を置いてもたれ掛けた。
「もう6歳やで?一人前に恋もするよ」
背中を撫でながら言うと、「まだ早い」と漫画でしか見んようなセリフを呟く。その言葉にあたしは苦笑するしかなくて、圭一の手をあたしの肩に回して、その手をとり恋人繋ぎをする。
「こんな可愛い嫁がいてんのに」
わざとポソッと呟くと、「妬いてんの?」と手を握り返してきた。
とりあえず、これで気は紛らせることができた。あのままでは会話が成り立たん。
圭一の気を紛らわせるにはこの手が一番。不本意やけど。
調子に乗ったんか、あたしが本気で妬いてると思ったんかわからんけど、気分がええらしい圭一は手に持ってたグラスをテーブルに置いて、その手をあたしの顎に移動させる。
上を向けさせられて、見えた圭一の顔はえらい笑顔。またよからぬことを考えてるに違いない。
「こら、あたし妊婦」
「知ってる。だから、我慢してる」
そう言って軽く口付けると微笑んだ。
一回で終わるんかと思いきや、二度三度と重なる唇。その度に深くなっていくキスに身の危険を感じる。
一応抵抗してみるものの、相変わらす自分が納得するまで離す気のないらしい圭一。もう無理!って圭一の胸を叩いたとき、
「ママー、パパー?」
リビングのドアが開いて、目をこすりながら寝ぼけた声が聞こえた。びっくりして唇をちょっと離しただけのあたし達を見て、目を大きく開く。
「ママとパパ、チュウ?」
一気に目が覚めたのか、タタタッと傍まで駆け寄ってきて、あたしと圭一の足を半分ずつ跨いで向かい合うようにちょこんと座る。
「ユウもチュウする!」
あたしと圭一の間を割って座り、あたしの両頬を掴んで唇にチュ。次に圭一の両頬を掴んで唇にチュ。そして、満足したようにあたし達の間に座って、ニコニコ笑う。
「目が覚めたの?」
圭一が問う。
「うん」
圭一を見上げて、コクリと頷いた。
「怖い夢でも見た?」
「ううん。でも目が覚めちゃった」
「優輝、おいで」
圭一が優輝を抱き上げ、向かい合うように座らせる。優輝は嬉しそうに圭一の首に手を回して抱きつく。それだけで圭一はニヤニヤしちゃって親バカ全開。
それを見てるあたしも嬉しくなるあたり、親バカなんやろう。
「優輝、好きな男の子が出来たんだって?」
「うん、タイチくん!」
ニコニコ嬉しそうに返事をした優輝に「そっか」と小さな声で返事を返す。
自爆してんやん、と思った。
「じゃあさ」
首に抱きついてた優輝をはがして、目線の高さを揃えて問いかける。嫌な予感がして、優輝と圭一を交互に見ながら、次の言葉を待つ。
「パパとタイチくん、どっちが好き?」
「ふふっ」
思った通りの問いかけに堪えていた笑いが思わず吹き出る。圭一はそんなあたしをキッと睨んで、また優輝の返事を待った。