以心伝心【完】
「真ちゃん!」
アパートの階段を降りきると名前を呼ばれる。
パッシングをして“おいでおいで”をしてるアヤちゃんが車の外で待ってた。
「中で待っててくれてよかったのに」
「いや、タバコ吸ってたから、ちょうどよかったんだ」
乗って、と助手席を開けてくれる。
慣れへんエスコートに戸惑いながら車に乗り込む。
「忙しいのに迎えにきてもろて、ごめんな?ごっちゃん怒ってなかった?」
「いや、全然。むしろ行けって言われたよ。アイツ朝からムダにバタバタして、俺引っ張り回されてすでにクタクタよ。まぁ、毎年の事なんだけどな」
そう笑うアヤちゃんは“しょうがない”って笑う。
やっぱり付き合いの長い人って何でもわかるんかもしれん。
ごっちゃんはそんなアヤちゃんを信頼してる。
未だに恋人になれん”とぼやくごっちゃん。
アヤちゃんがごっちゃんをどう思ってるか聞いたことないけど、本音の見せん人やから憶測すら出来んくて、そんなアヤちゃんに苦戦してる。
いつかそんな時が来るような気がするあたしは圭一と二人で見守ってる。
「それより、圭ちゃんは?」
今はあんま聞きたくない名前。
でも一緒に住んでる以上、聞かれるのは当然の事で。
「寝てる」
「そうなの?まぁ、アイツ忙しそうだからな」
もうすぐ着くよ、と交差点を左肘を肘掛けに乗せたまま右手だけで器用にハンドルを回す。
片手で運転するのはアヤちゃんの癖。
危なっ!て思う時もあるけど、そこはアヤちゃんの運転テクで毎度回避してる。
未だペーパーの圭一とはえらい違い。
「着いたよ」
駐車も片手で器用にこなすアヤちゃんは素早く運転席から降りて助手席のドアを開けてくれる。
「なにぃ?今日はやけにエスコートしてくれるやん」
こうしてアヤちゃんに送ってもらうのは、ありがたいことに、しょっちゅうあって、今までこんなエスコートなかった。
やのに、今日に限ってこんなこと、なんか企んでるんちゃうやろうか。
そう言うと、アヤちゃんは一瞬目を見開いて、「そりゃあ」と、ぶら下がったままのあたしの右手を手にとった。
「真ちゃんが綺麗だからね。身体が勝手に動いちゃうんだ」
そう言って、あたしの右手を口元に持っていき、手の甲にチュとキスを落とす。
一連の流れから、なんとなく読めてたけど、何年経っても寒いセリフと行動は健在で、思わず笑ってしまった。
「なんで笑った?!」
「だって、寒すぎるっ!」
どこが?!と悩ましげに頭を抱えるアヤちゃん。
何年経っても変わらん姿に安心する。
こんなアヤちゃんを想い続けてるごっちゃんをちょっと憐れに思ってしまった。
「あ、真ー!こっちこっち!!」
店の入口から大きな声で名前を呼びながら手を振ってるのは、ごっちゃん。
「なんちゅうカッコ・・・」
やっぱそう思うよな?と呆れた声で同意する。
どうやら朝からはこの衣装を買うために引っ張り回されたらしく、必死で止めたにも関わらず強行突破もええとこやったらしい。
「俺、アレ着てんのがアイツじゃなかったら完璧ひいてるわ」
そう言いながらタバコを取り出し、火を付けようとライターを取り出した。
でも少し考えてまた直した。
「タバコ吸ってええよ?」
「いや、気が変わった」
いつもとは違う行動ばっかりなアヤちゃんを不思議に思いながら、この寒空の下でワンピース一枚で立ってるごっちゃんを見つめた。