湯けむり恋奇譚
「お嬢さん、終点だよ」
駅員さんに肩を揺すられ、由香ははっと目を開けた。
すっかり眠り込んでしまっていたようだ。
「ありがとうございます!」
お礼を言って、荷物を大事に抱え直すと急いで電車を降りた。
日はだいぶ落ちて、辺りはもう薄闇に包まれようとしていた。
しかし、陽が落ちてきたことよりも由香を驚かせたのは、駅のまわりに一軒も家がないということだった。
「うそ!」
電車を降りた先で宿泊場所でも探そうと思っていた由香は、呆然とした。
目の前には田園が広がり、風に稲穂を躍らせている。
ここで降りた人は由香以外にいなかった。
引き返そうと思ったが、次の電車が来るまで2時間もある。
「どうしよう……」
途方に暮れる由香を見かねた駅員さんが、心配そうに窓口から身を乗り出して由香に声をかける。
「山のほうに少し行ったら、旅館があるよ。でもなあ、だいぶ暗いし女の子の一人歩きは危ないよ。タクシー呼ぼうか?」
「……へ、平気です。ありがとうございます」
由香はあわてて首を横に振った。
タクシーなんて使ったら、貴重なお金があっというまになくなってしまう。