湯けむり恋奇譚
仕方なく、駅を出て歩き出した。
田園を少し行った先には、山へと続く道があり、山道を一人、泣きそうになりながら登った。
ただでさえ涙腺が弱いというのに、これはなんという仕打ちなのだろう。
ふくろうが鳴いている。
時折茂みから気味の悪い音がして、その度に由香は体を強張らせた。
涙を拭いながらしばらく進むと、明りが見えてきた。
旅館だ。
小さな旅館で、丘の上にぽつんと建っていた。
(ば、ばけもの屋敷なんかじゃないよね)
古びた煙突から、薄闇に煙がもくもくと立ちのぼっている。
間違いなく誰かいるようだ。
ほっと息をついて、旅館の戸を開ける。
引き戸は少し古くて開けにくかったが、中は普通の民宿という感じだ。
「あの、すいませーん」
「はいはい、いらっしゃいませ」
奥から女将さんらしき人が出てきて、由香は笑顔を浮かべる。
「急で申し訳ないんですけど、今夜ここに泊めていただけませんか?」
「ええ、ええ。もちろんですよ。お疲れでしょう?こんな山奥までいらっしゃったのですもの。おまけに、女の子一人で!」
「ちょっと、怖かったです。茂みなんかも気味が悪くって」
「そりゃあそうですよ。ここらは物の怪の里でございますからね」
「え?」
「いーえ、なんでもございません。さあどうぞ、お疲れでしょうから温泉にでも入ってきてくださいな」