湯けむり恋奇譚
「ビックリしたよ」
「すみません……」
湯上りの休憩スペースにある木製のベンチに座って、しょんぼりと肩を落とした。
まさか、ここが混浴だったとは。
なんか入ってきたときと微妙に戸が違う気がすると思っていたら、由香が開けたのは男の脱衣室のほうの戸だったのだ。
脱衣室に自分の着替えがないのと、脱衣室自体の造りが違うことに気づいたのは、今、テーブルを挟んで由香の正面に座ってにこにこと笑顔を浮かべているこの男を倒してしまったあとのことだ。
「まあ、いいですよ。こういうのも俺は旅の醍醐味だと思っていますから」
彼は、そう言って眼鏡の奥の目を細めた。
ださい眼鏡だ。
もう少しお洒落なものをかけたら少しはましになると思うのに。
男の顔をちらちらと盗み見てそんなことを想っていると、彼はにっと笑った。
「それに裸を見たのはお互いさまですしね」
「なっ……!」
嫌なことを思い出して、由香は顔を真っ赤にした。
人がいないと思って油断していたのと、タオルが裂けていたせいで体を隠すことができなかった由香は、戸を開けた瞬間鉢合わせたこの人に、思いっきり裸を見られていた。
(そりゃ、わたしも見たけど……! 重みが違うと思わない!? 悪いのはわたしで、この人は全然悪くないんだけども……)
どんよりと重い空気を纏う由香の頬に、冷たいものが当てられた。