湯けむり恋奇譚
入浴セットを抱きかかえると、さっと席を立った。
「わたし、そろそろ部屋に戻ります。先程は失礼しました」
「ああ、待って」
呼び止められて振り返ると、彼は笑うのを止めて、少し首を傾げた。
「名前を教えてもらえませんか」
「なまえ?」
ちょっとドキッとする。
「せっかくこうして知り合ったんだから。牛乳の仲、いえ、乳の仲」
にっこり笑う彼に、一瞬思考が停止した。
そしてすぐに、彼がいいたいことがわかって顔がカーッと熱くなった。
「絶対教えません!」
勢いよく休憩スペースの戸を閉めると、足音も荒く自分の部屋に戻った。
なんてやつなの!
傷心の女性をからかうなんて!
明日あの男に会わないことを祈りながら、布団を深く被って眠りについた。