ショコラの気分でささやいて
数日後……
森本さんが転勤になったと、東さんが嬉しそうに教えてくれた。
「急な異動だったみたい。あぁ、良かった。これで緊張しなくてすむわ」
こんな時期に転勤だなんて、何かあったんじゃないかなんて、東さんの意地悪い予測が続いていたけれど、私の耳は彼女の言葉を聞いてはいなかった。
最後って、こういうことだったんだ。
最後に良かったって……良かったって、確かに森本さんは言った。
あれはどういう意味だったのだろう。
その意味が分かったのは、「そんなのいい、やらなくてもいい」 と最後まで抵抗していた森本さんを説き伏せて強行した送別会の翌日の就業後のこと。
部屋に誰もいなくなるのを見計らって、森本さんのそばにいき、黙って彼の前に小箱を差し出した。
「マカロンか……」
「すごい! 箱だけでわかるんですか?」
「わかるよ。この店、有名だろう?」
「そうですけど、でも」
「牧野だけだった、俺のことわかってくれてたの。疲れたなってとき、牧野が絶妙なタイミングで菓子を差し入れてくれた。
いつ気がついたんだ? 俺の好み……」
「甘いコーヒーと、イチオシのキャンディーを喜んでくれたときからです」
「そっかぁ……でも、俺がマカロンが好きだってのは? なんでわかった」
「なんとなく……です」
ふふっ、と俯いて笑った顔が、ほどなく私を真っ直ぐ見た。
「来年のチョコは、もっと大きいのが欲しいね」
「来年……ですね、わかりました。その次は、もっと大きいのを用意します」
「うん、楽しみにしてるよ」
「その前に、ホワイトデー、忘れないでくださいね」
あはは……と笑い出した森本さんは、大きな手で私の髪をくしゃくしゃっとなでたあと、箱から取り出したマカロンを、ポンッ、と口に入れた。