ショコラの気分でささやいて
なんだかんだと言いながら、追加したムースとケーキも食べて大満足の私たちは 「カロリーを消費するぞ」 との彼の提案で、三つ先の駅まで歩くことにした。
2月の街は、バレンタインチョコレートのお陰でカップリングしたのか、やけに男女の二人連れが多かった。
手を繋いだり腕を組んだり、恋人同士と誰の目にもわかる二人は、温め合うようにぴったり寄り添っている。
私たちは、並んでいるけれど、肩が触れることもなく黙々と足を進めるだけ。
知り合いに会うかもしれないから……と硬派な彼らしい言い分で、街中で手を繋ぐことはない。
少しは恋人らしい雰囲気で歩いてくれてもいいのになぁ。
そう思う私の気持ちは、彼には伝わらない。
「冷えるね」
「そうですね……」
拳を握って前後に振っていた森本さんの手が止まり、肩でも抱いてくれるのかと期待していたら、私に触れることなく彼の手はコートのポケットに入った。
期待して緊張した肩から力を抜いた。
「牧野、有休は消化してる?」
「休めって言われてますけど、簡単に休めませんよ。森本さんはどうですか?」
「俺も……」
「ですよね」
「一緒に休んで、旅行とか行きます?」
「えっ」
「あっ、年度末、休めませんね」
「いや、うん……」
一年たっても名字で呼び合う私たちは、一緒に旅行に出かけたこともない。
私が実家暮らしということもあるけれど、彼の部屋に泊まっても一日だけ、最近はバレンタインデーの夜だった。
約束どおり、去年より大きなチョコレートを贈った。
「ありがとう」 の言葉は素直で、「来年も頼むよ」 と飾らない言葉が心地良かった。
例のごとく、さっくチョコレートの包みをあけて、ひと粒口に含み、
「牧野の選ぶチョコは、やっぱりうまい」
そういうと、チョコの残った唇で私に触れた。
男性には、お酒だったり煙草だったり、その人の放つ香りがあるが、森本さんの香りはそのどれでもない。
直前に食べていたキャラメルソースだったり、ティラミスの濃厚な香りだったりと、甘さの中に彼らしい苦味がある。
それは、私だけが知っている、彼のまとう芳香かもしれない。
触れるたびに強く感じるのは、私への想いだと、そう思っているのに……
いまだに、はっきりと好意を口にしてはくれない。
わかっているけど、言って欲しい言葉がある。
いつか言ってくれる?
それとも、曖昧なまま?
私の想いは空回り、じたばたしているのは私だけ。
伝わることのない思いを逡巡させて、繋いでほしい手をポケットに突っ込んだとき、彼が急に立ち止まった。
「来月の10日すぎだけど……」
「はい」
「外国で修行したパティシエがオーナーのペンションがあるんだ」
「ペンション?」
唐突にペンションの話をはじめた彼に合わせて、言葉を返す。
何を言いたいのかさっぱりわからないけれど、これも彼らしい話し方だ。
ポケットから手を出して腕を組み、難しい顔で話が続く。
仕事の話かと思ったが、そうではないようで……
「高速で2時間くらいかな。朝早く出たら昼前に着くから」
「わかった! そこでランチですね」
「夫婦でやってて、奥さんの料理も美味しいけど、オーナーのデザートが評判でさ。
ディナーのデザートが絶品だって」
「ディナーも? 昼も夜もって、ちょっと贅沢じゃないですか? でも、そんなに評判がいいのなら、行ってみたいかも。
ディナーを早めに済ませて向こうを出たら、帰って来られますね」
「その日の宿泊は限定3組らしい。あと一組余裕がある……行ってみないか」
「それって、いつですか」
「3月14日」
私の顔も見ず、何かを睨みつけるようにして腕組みしたまま、ボソッと小さな声がした。
その日って、ホワイトデー。
ポケットに突っ込んでいた手を出して、腕組みしたままの彼の手をつかんだ。
「行きます! もちろん行きます。有休も消化しなきゃ。あぁ、嬉しいなぁ」
「……ふぅ、よかった」
彼の手に指を絡ませて、大きく腕を振って歩き出す。
人目を気にして手を振りほどこうとしても、絶対放すものか。
口数の少ない不器用な男には、これくらいおおげさな行動をしてちょうどいいくらいだ。
思い出したように、
「牧野、仕事は大丈夫か?」
なんて、今さらのように聞かれて、
「大丈夫です。なにがなんでも終わらせます」
と、元気良く返事をするころには、さっきまでの鬱々した気分はどこかに吹き飛んでいた。
14日は彼と一緒にスイーツ旅行、誰の目も気にせず、ずっと一緒に過ごせる二日間。
「私のこと、好き?」 って聞いてみようかな。
うぅん、やめておこう。
彼との関係は、探りながらのもどかしいものだけど、それも悪くない。
私たちは、そうね……甘くないビターな関係、かな。
自分の思いつきが嬉しくて、口元に手をあてて笑みを隠した。