ショコラの気分でささやいて
一番上のチェリーはグラスの中へと言われて、指でつまんでカクテルグラスに沈める。
炭酸の泡が立ち上がり、ライトに反射して美しい色を見せてくれた。
まずは頂上のチョコをそっとつまみ、口の中に滑り込ませる。
ホワイトチョコでコーティングされたクッキーは軽い食感で、ほどよくとけたチョコと口の中で混ざり合う。
ふたつ目は、白と黒のマーブルが綺麗な少し甘いチョコ。
お行儀がわるいかなと思ったけれど、指についたチョコも舐めてしうまうほど私が大好きな味。
3つ目は、二種類のチョコレートが重なり合う重い味わいのもの。
これは森本さんが好みそうな味ね。
ここでチョコレートに伸ばす手をやすめてカクテルを口に運んだ。
カクテルの甘味とチョコレートの苦みが絶妙に絡み合って、なんて贅沢な味わいだろう。
鼻孔を抜ける香りを楽しみながらグラスを傾ける。
大人の時間って、きっとこういう時を言うんだわ。
次は……と見ると、これも彼の好きそうなチョコレート。
私を散々悩ませた憎らしい顔が浮かび、収まった怒りがふつふつとわいてきた。
乱暴につかみ、口に放り込む……つもりが、大きな手に手首を捕らえられ、チョコレートは手の持ち主の口に持っていかれた。
チョコをつまんだ指先まで口に含んで満足そうにしているその顔は、ついさっき頭に描いた憎らしい人だった。
「うん、うまい」
「ひどい、ひとりで食べようと思ったのに」
「ひとりじめか?」
「だってこれ、私がもらったバレンタインチョコよ。私に食べる権利があるの」
「固いこと言うな。急い仕事を片付けて来たんだ、糖分補給させろ」
挨拶も、遅れた謝罪もないまま私のチョコを横取りした彼は、半分に減ったショコラタワーからまた一個つまんで勢い良く口の中に放り込んだ。
3個目に手を伸ばして、そこでようやくむくれた私の顔に気がついたのか 「牧野も食べろ」 と つまんだチョコを私の口に押し当てた。
仕方なく食べたけれど、彼のあまりに無神経な態度に怒りが再燃、せっかくのチョコの美味しさも半減、こらえきれず涙が滲んできた。
「私、怒ってるんだから……」
「そうみたいだな」
「そうみたいだなって、人ごとみたいな言い方して、私のこと、全然わかってない。
森本さんが転勤だって、他の人から聞かされたのよ。
牧野さん知らなかったの? なんて言われて、そのときの私の気持ち、わかる?
おまけに、なんの説明もなしに2年待てって、なによ。そういうの、もう我慢できない」
我慢も限界とばかりに、積もり積もった不満を次から次へと吐き出した。
隣りに座った彼はダンマリで、口を挟むことなく聞いているだけ。
私だけしゃべって、バカみたい。
「これ以上待てない。私たち……」 と言いかけて口をつぐんだ。
この先を言ったら、本当に終わりになってしまう、それだけは嫌だ。
もう我慢できないと言いながら、私は彼との別れをこれっぽっちも望んでいない。
バーテンダーはいつの間にか姿を消し、カウンターには私たちだけが座っていた。