明け方のマリア
 プッツリと途切れ、入れ替わるようにやって来た静けさの中で、アユミがひとり取り残される。
 反復したのは、恋人という言葉だ。いや、それを通り越して、何故だか結婚の二文字まで浮かぶ。

 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ペットボトルごとゴクゴクと飲む。

 一息ついて、ふと、壁にぶら下げたカレンダーを見た。落書き一つないそれは、何の予定も入ってはいない。白地の多い、きれいなカレンダーである。

「できない? まさか。でも……」

 ペットボトルを側に置いてベッドに沈んでみると、益々不安になってきた。こうなると、止まらなくなる。

「うそ……、あれ、やだ。今まで恋人の一人もいないのは、やっぱり変よね?」

 部屋の白い天井を見ながら、自問が続く。

「みんなはどうしてるんだろう。簡単に言うけど、普通って、何かしら……」

 明日も仕事だった。残業は当たり前。今は認めて貰うために、一生懸命頑張っている。

 右手をかざす。

 柔らかな肌に、ごつごつと関節が浮き出た手の甲を見つめ、疲労と時間の流れ、老いを考える。すると、大小沢山の斑点と皺が、忽ちそこかしこに現れた。びっくりして、アユミは右手を引っ込めた。

「もう、シズカったら。聞かなきゃ良かった。違うって言ったけど、やっぱりおせっかいね」

 一人でふくれてみた後、布団を被り、両目を固く閉じた。

 案の定、眠れない。

「明日は仕事。その仕事の為に眠るのも、仕事なんだから」

 布団の中で、一人、もがいた。


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