明け方のマリア
「おーい、神坊さん」
自分のデスクに戻り、座ろうとした時、背中から呼び止められた。雑音の中で、彼の声だけが生える。
「これ、持って行って」
放り投げたそれは、雑多なオフィスに屯する記者たちの頭上に放物線を描き、歩美の手の中に収まった。
ナイスキャッチ……、誰もがそう思ったことだろう。
歩美は前のめりに体勢を崩しながら、一歩、踏み出していた。手の中で大きめのキーホルダーが飛び跳ねた。
「ボイスレコーダーです。使い方はわかりますね?」
銀色で塗装された小さくて細長い、リモコンのようだった。キーホルダーに付いていたのは、熊の縫いぐるみで、艶やかなクリクリまなこをしている。茶褐色の巻き毛が小綺麗で、妙にかわいい。
しかし、仕事の小道具としては明らかに似つかわしくない。
彼の趣味だろうか?
ん?
歩美の思考が止まる。この熊には、極太の眉毛が付いている。
「わかりますよね? 使い方」
もう一度尋ねる。縫いぐるみから慌てて顔を上げると、口が半開きになった彼がいた。音声が途絶え、完全に静止した映像の様だった。
「あ、大丈夫だと思います」
歩美が答えた瞬間に、ザワザワと映像が動き出す。堰止められていた音声も、一斉に溢れ出した。
「なら、頑張って」
そう言った編集長は、別の記者たちに囲まれ、既に机に積み重ねられた次の資料に目を移していた。
ボイスレコーダーを握った手から、極太の眉毛を持った縫いぐるみが、ぷらんぷらんと揺れていた。
歩美が注視すると、口元が緩んで、優しく微笑んでいる様だった。
自分のデスクに戻り、座ろうとした時、背中から呼び止められた。雑音の中で、彼の声だけが生える。
「これ、持って行って」
放り投げたそれは、雑多なオフィスに屯する記者たちの頭上に放物線を描き、歩美の手の中に収まった。
ナイスキャッチ……、誰もがそう思ったことだろう。
歩美は前のめりに体勢を崩しながら、一歩、踏み出していた。手の中で大きめのキーホルダーが飛び跳ねた。
「ボイスレコーダーです。使い方はわかりますね?」
銀色で塗装された小さくて細長い、リモコンのようだった。キーホルダーに付いていたのは、熊の縫いぐるみで、艶やかなクリクリまなこをしている。茶褐色の巻き毛が小綺麗で、妙にかわいい。
しかし、仕事の小道具としては明らかに似つかわしくない。
彼の趣味だろうか?
ん?
歩美の思考が止まる。この熊には、極太の眉毛が付いている。
「わかりますよね? 使い方」
もう一度尋ねる。縫いぐるみから慌てて顔を上げると、口が半開きになった彼がいた。音声が途絶え、完全に静止した映像の様だった。
「あ、大丈夫だと思います」
歩美が答えた瞬間に、ザワザワと映像が動き出す。堰止められていた音声も、一斉に溢れ出した。
「なら、頑張って」
そう言った編集長は、別の記者たちに囲まれ、既に机に積み重ねられた次の資料に目を移していた。
ボイスレコーダーを握った手から、極太の眉毛を持った縫いぐるみが、ぷらんぷらんと揺れていた。
歩美が注視すると、口元が緩んで、優しく微笑んでいる様だった。